こころにひかりを灯せ

pico

こころに、ひかりを







 夜半過ぎ、少女は咳きこみながら目を覚ます。


「……コホッ、コホッ!」


 少女は近ごろ、眠りが浅い。


「またヘンな夢、みちゃった……」


 まだ学校に慣れないのか、あたらしい家での暮らしが落ち着かないのか。

 毎晩夢に溺れ、目を覚ます。


「〖も〗……いる?

 すこしだけ、おさんぽに行こうよ」

「……。」


 私は、少女に纏わりつく〖も〗。

 「も。」としか話せない私に、少女は〖も〗という名を与えた。









 そっと家を抜けだす少女。

 私もそのあとを、ついていく。

 少女はどうやら、ヨルに呼ばれたらしい。





「この森、いつもはこわいんだけど……今日は行けるような気がするの。

 ふしぎだね。〖も〗が一緒だからかな」


 少女は、森に足を踏みいれる。


 森の中は、ほんのりと明るい。

 色とりどりの光るキノコが、ダンスを舞っている。どこからか聴こえる音楽の演奏に、あわせて。


「みてみて、大きなあおむし! 保育園のバスくらい、おおきいよ」


 少女も、音楽のリズムに合わせてずんずん歩く。



  リン ディン ドン リン ディン ドン♪

  こころにひかりを灯せ

  リン ディン ドン リン ディン ドン♪

  ヨルに惑わされぬよに



 巨大なあおむしが食事をむさぼりながら、木々のあいだをうねうねとさまよっている。ワンピースを着た白ウサギは、歩くごとにワンピースのもようが変わってゆく。



  リン ディン ドン リン ディン ドン♪

  こころにひかりを灯せ

  リン ディン ドン リン ディン ドン♪

  ヨルに惑わされぬよに



 ふたごの野ネズミは、フライパン片手にとぽとぽ歩く。その後ろについてのっそり歩く、パッチワークもようのゾウ。


 ふしぎなものが次から次へと現れ、そのたびに少女は感嘆の声をあげる。


「すごいよ、〖も〗!

 お父さんが読んでくれた絵本のなかに、いるみたい。

 ほら、こんどは夢色のクジラが空を泳いでる。お星さまにぶつからないのかな」


 風はなく、森の空気は陰鬱で湿り気をおびていた。

 少女はそんなことなど、気にも留めないようすだ。







 歩みを進めると、枝葉がさらに生い茂り絡み合ってゆく。

 その先の森の奥まで、細い林道だけがかすかに存在している。

 ヨルはますます、深くなった。音楽も遠のいてゆく。


「なんだかまた、暗くなってきちゃった。

 〖も〗、いる?」

「……も。」


 このあたりはおそらく、向こう側との境界に近い場所なのだろう。






 ヤミは、心の闇を好む。

 心にひそむ闇を、ヤミは鋭敏に察知する。


 ボチャリ。

 ヒタリ。

 ドポリ。

 プトリ。


 一歩ずつかわる足音が、森の中にぶきみに響く。


「あ……あれは……」

「……も。」


 ヤミだ、と言ったが、「も。」という声にしかならなかった。


 ボールペンで何重にも書きなぐったような、ヤミ

 まがまがしく、ものものしく、あらあらしいヤミ

 うごめくヤミは、夜闇のなかでもその姿を識別できる。



≪○ル%☎p×$√も☆♭ゥ#r▲!壇※⁂≫



 そしてヤミは、少女の存在に気付く。

 刹那の迷いもなくヤミは少女に向きなおり、急激に速度をあげる。


「きゃあぁっ!!!」


 迫りくる陰鬱なヤミに、少女は悲鳴をあげる。



ボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリ



≪◐ぬ%*ヲ#♦@¥ヮ√‰◢s☆=∩∩&/洞≫



ボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリボチャリヒタリドポリプトリ



「なに、あれっ……! こわい、いやだ、たすけて……っ!!」


 逃げ惑う少女を、無感情に追いかけるヤミ


 ヤミの行動は反射的なものであり、そこにヤミの意思はない。

 心の闇を好むヤミが、餌を追いかけているだけのこと。


(あぁ、そうか。このヤミも心を棄ててしまったのか)


 私は、逃げる少女とヤミの間に立った。

 ヤミは私に絡まって、歩みを止める。うごうごと暴れ、触手のようなものを少女に向け伸ばそうともがいている。


「〖も〗!! ダメよ、あなたが取り込まれてしまう!!」

っ……!!」


 走れ!、と叫んだつもりだが、やはり「も。」という音声にしかならなかった。


「ありがとう、〖も〗……っ!!」


 しかし少女は私の想いをくみとり、走り出した。

 走り、走り、走って、走って。


 どこに向かえば良いかは、少女も私もわかっていた。

 少女が森の出口に差し掛かるのを見届けて、私はヤミを撒き、少女を追いかけた。







 森を抜けたそのさきに、ひかりが差しこむ。

 広がるのは、はるかな水平線。







 そして、黎明の刻。

 すべてが無に還り、元に戻り、そして零となる時間。


「きれい……」


 しらしらと明ける空は、鏡のようなしずかな海面にそのすがたを映し、少女を、私を、ひかりで満たす。

 私はその朝のひかりを浴び、とうとう、あるべき姿へ戻ってゆく。







「そろそろ帰らなくちゃ、お母さんに怒られちゃう。

 そうでしょ、m……」


 私は、半分にわかれた。


「あれ……だれの名前を、呼ぼうとしたんだろう」


 私の片方は影となり、夜に溶けてゆく。

 もう片方はひかりとなり、きみのなかに溶けこんだ。


「わたし、ここまで……どうやって来たのかな」


 だ。

 ひざを突いても、立ち上がるためのひかり。

 かなしみの涙に溺れても、這い上がるためのひかり。

 夜に吸いこまれそうになっても、自分を見失わないためのひかり。


「……って、そんなこと考えてる場合じゃない! お母さんが起きる前に、戻らなきゃ!」


 私の半分のひかりは、すっかりきみの心へ溶けこんだ。

 ひかりがあれば、きみはきっと、を見つけられる。









 朝の日を浴び、家路へと急ぐ少女の背中を見送りながら。

 ほとんど夜に溶けてしまった私のもう半分は、をめぐらせる。





 ランドセルは水色を選んだんだね。私はてっきり、ピンクを選ぶと思っていた。


 自転車にも、じょうずに乗れるようになった。授業で当てられても、大きな声で答えられるようになったね。


 しめじとマヨネーズは、いまだに食べられないのか。大丈夫、そんなもの食べられなくたって、生きていける。





 私が死んだとき、きみはひどく泣いたね。

 けれどきみが泣くことでお母さんが悲しむことに気付いて、きみは涙をのみこんだ。

 のみこんで、のみこんで、のみこんで。

 そうするうちにいつしかきみは、夢の中で涙に溺れるようになってしまった。





 私の愛しい娘、モモ。

 きみはもう、だいじょうぶ。


 泣いたっていい。弱くたっていい。

 「そのままでいい」と、私は呼びかけ続ける。

 どうしようもなく落ち込んでも、だいじょうぶ。

 きみは必ず、立ち上がれる。










 物音がしてお母さんが目を覚ますと、モモが玄関ですぅすぅと寝息をたてていた。

 モモを抱きかかえて、こども部屋のベッドに寝かせる。

 なんだか妙に懐かしい気持ちになったが、その理由はわからなかった。

 モモの寝顔を見ているうちにお母さんは心地よくなり、モモに寄り添ってふたたび眠りについた。






 こころにひかりを灯せ fin.

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こころにひかりを灯せ pico @kajupico

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