密かに

私の日々は変化なく続く。

朝起きて準備をして、

学校で数時間過ごし、

部活もせず寄り道もせずに帰宅する。


曇りの日が続く中、

時折見える太陽が鬱陶しい。

重い足取りで歩く者だから

より一層日差しの下に

晒されるばかりだった。


結華「…。」


何かを考えるわけでもなく

足を鈍く動かすだけ。

授業と授業の合間にそれとなく廊下を歩き、

教室へと戻るところだった。


結華「…はぁ。」


何度目だろう。

ため息も一緒にとぼとぼ地面を歩いた。


数日も前のことが

自然と脳裏をよぎる。

私自身間違ったことは

言っていないつもりだった。

これまでの悠里に比べれば

私のいうことなんてただの

戯言程度でしかないと思い込んでいた。


けれど、思い返してみれば

どれほど傷を抉るようなことを

口走っていたのだろうと思う。





°°°°°





結華「好きにしてよ。」


悠里「そう…ですよね。そしたら…うーん…結華さんが決めてくれませ」


結華「少しくらい自分で決めろよ。」


悠里「…!」



---



悠里「…わからない…です。」


結華「…急ぐことじゃないよね。ごめん。」


悠里「いや、結華さんが謝るようなことじゃ」


結華「今日は帰るよ。じゃあね。」


悠里「待って。」





°°°°°





怯えた目。

敬語はなしだと言ったのに

思わず敬語を使っていて、

布団を握り締めていたっけ。


最近はいろいろなことがありすぎた。

私1人ではどうしようもなく

手の施しようのないことが多かった。

手のつけられない感情が多かった。

だからと言って誰かを

頼るようなことはできなかった。

腹の底を見られるのは怖かった。

弱みを握られるようで、

頼るというその動作事態を

すっぽりと忘れ去ってしまったのだ。


この奥底にある

ぐちゃぐちゃで目も当てられない感情を

何と呼べばいいのかもわかっていないのに、

そんなものを人に当てて

どうしろと言うのだろう。

話したところで解決しない。

話したところで心の負債が増えるだけ。


そうやって考えていくうちに

心は貧しくなってしまったのだろう。

案外、思っている以上に

すれすれのところで生きていたのだろう。

悠里がいなくなった今、

バランスが崩れてきているのだ。


結華「…悠里の記憶が戻ったら。」


私は幸せか?

悠里は幸せか?


今後の悠里のことを思う。

私のことを思う。

同時に考えているあたり、

私たちは双子だと再認識した。


私の裏側にはいつだって

悠里が付き纏っていたことに気づく。

いつだって私の言うことなす事に

文句をつけては嘲笑った。

見下した。

それに反発して暴言を吐いた。

悠里もそれに反応して

更なる罵倒を当てつけた。


それはある意味依存だったのかもしれない。

お互い苦しいと言うのに、

お互いがいなければ

成立しない関係だったのだ。

どちらかがぼろぼろになるまで、

どちらかが降りると言い出すまで

終わらなかっただろう。

それが今回、事故という形で

蹴りがついただけで。


ふと、緩やかに巻いた髪が目に入る。

知らない人だったけれど、

そのシルエットを触発されたのか

自然のうちに篠田さんが

思い浮かんでいた。


そういえば、とふと思い返す。

一緒に病室に行った時に

信じられない事を言っていたっけ。





°°°°°





澪「…悠里。」


悠里「はい、何ですか?」


澪「今からいうことは全く訳のわからんやろうことやけど、聞いてほしいっちゃん。」


悠里「…?はい。」


澪「悠里は優しい人やけん、手を差し伸べることができる。それに救われた人がいると。」



---



澪「そのことを忘れんとって。生きることが嫌になっても、そのことだけは絶対に。」


悠里「…わ、かりました。」





°°°°°





私からすれば信じられない事だった。

ただ、悠里のことだから

いいところだけを

見せていたのかな、とも考えた。

しかし、それにしても最後のひと言が

妙に引っかかり続けていた。


結華「…生きることが嫌になっても。」


それだけは忘れずに。

悠里の優しさで救われた人がいることを

忘れないように、と。


きゅ、と手に力を込める。

閉ざした記憶の一部が

邪魔していることがわかってしまっては

深く深く呼吸をする。

落ち着ける。

落ち着ける。

落ち着けて。

また、忘れる。

忘れるふりをする。


そうだ。

篠田さんは何かしら悠里のことについて

知っていそうだったし、

今日はあの2人をもう1度会わせてみよう。


私のこの勝手なこの行動だって

きっと上の人は見ているけれど、

容認されているのだろう、

この前だって特に何も言われなかった。


ポケットからスマホを取り出し、

篠田さんにDMを飛ばした。

内容は適当に

「悠里が篠田さんと話したがってた」

なんて言っておく。

すると、通知から飛んできたのだろうか、

早くも「わかった」と返事が来ていた。


2人は何故か信頼関係があるように見えて、

それが紛い物かはわからないが、

不意に羨ましいとすら思った。


スマホをポケットにしまい、

また廊下を遅い速度でのろのろ歩く。

今日病室で話される出来事は

今後も私は計り知ることは

できないのだろう。

それこそ、篠田さんか悠里から

語られない限りは。


2人でしか話せないことも

あるのだろうと飲み込む。

…そこに私は必要ないのだから。


それでいいのだ、と

思い込むことにした。

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