わたしとあなた

PROJECT:DATE 公式

身勝手な片割れ

季節はいつしか夏へと猛進していた。

6月も終わりを告げだし、

そろそろ7月に突入する準備をしている。


曇りだと言うのに、否、

曇りだからこそ蒸し暑くてたまらない。

体の奥底から熱せられるような

暑さじゃないだけマシなのかもしれないが、

体から熱の出ていく感覚がしない

というのも問題だ。

汗が制服に滲んでいるであろうことを実感し

うんざりしながら登校する。

教室は既に数十人の生徒がおり、

程よく冷房が効き始めた頃だった。


結華「おはよう。」


「あ、おはよー。」


結華「今日暑くない?」


「やばいよね。私くさいかも。」


結華「汗拭きシートとか制汗剤必須レベルだよね。」


「わかる。ほんとに年々暑くなっててしんどい。」


ノートをうちわがわりに

ばさばさと降っているのが見える。

他の生徒も手持ちの小さな扇風機を

持っている子がいたり、

冷たい飲み物を求めて

自販機で購入していたりと

体内から夏を逃す方法を考えていた。


クラスではサマーセーターを

着用している人はいるものの、

冬服を着ている人は

いつの間にか消え失せている。

ある日を境にずばっと変わったのではなく、

徐々に変化していった。

かくいう私も、サマーセーターは

持ってきているが着ていない。

日焼けなんて気にしている暇じゃない。

暑さのあまり先に死んでしまいそうなほど。


このくらいの暑さなら

なんとでもないと思っていたが、

2年間の間に生活に慣れてしまったらしい。

もう30℃で限界だ。


自分の席に荷物を置きながら

軽くスカートを靡かせる。

ばたばたとはためかせる度に

涼しい空気が流れ込んでくる。

女子校の特権だろう。

後ろの席に座る仲のいい子は

強く仰ぐあまり

前髪をひっくり返しながら言った。


「このくらいの暑さになるとむしろプール入りたいよね。」


結華「ね。でも着替えるのめんどいよ。」


「家から着ていくんだよ。」


結華「なるほどね。」


「でも更衣室汚いんだよなあ。」


結華「それが1番嫌かも。」


「うちも。だって地面コンクリートだし、なんか臭いし。」


その後も、これでもかというほど

更衣室の不満を口にすると、

「やっぱりホースで水撒きかな」と

ぼんやり口にしていた。

月曜日にして早々疲れているらしい。

けれど、制服が濡れてしまうこと以外

メリットしか見えてこない。

それがまさに1番なのだろうなと思う。

私も疲れているようだ。


隣のクラスは私のクラスとはまた

少しばかり毛色の違う人たちが多かった。

まだ1年生なのだし

理系文系で分かれているわけではないけれど、

クラスの色が違うとはこのことがと

ひしひしと感じた。


私のクラスではおとなしい人が

多いように思う。

もちろん賑やかな人もいるにはいるが、

そのような人たちは同じ部活の人と

一緒に過ごしていたり、

隣のクラスに遊びにいっていたりする。

隣のクラスはというと、

賑やかな人が圧倒的に多い。

完全なる陽キャと呼ばれるような

分け隔てなく平等に

接することができるような人から、

陽キャのフリをする、

それこそ悠里のような、

裏で悪事ばかり働いているような人もいる。

自発的な陰キャなんてものも

最近ではよく聞くようになったが、

その部類も多いように思えた。

詰まるところ、コミュニケーションを

取ることに長けている人が

多数存在しているのだ。


おとなしいクラスではあれど、

人が増えれば自然と騒音で塗れ始める。

先生が来るまで駄弁っては

自然と前を向いて話を聞いていた。


結華「…はぁ。」


静かに息を吐く。

誰にも聞こえないように、

細く細く息を吐いた。


ぼうっとするごとに

最近の悠里の様子を想起する。

思い出したくもないやつなのに、

どうしても引っかかってしまうのが

自分でも悔しい。


春の時点では、打算的なところを含め

何も違和感はなかった。

賑やかなグループに入り込み、

クラスの中で地位を確立する。

成績優秀そうな人に

ノートを貸してもらったり

リーダーシップを発揮したり。

加えていい人そうな雰囲気を

醸し出している。

私のクラスでも悠里の名前が

度々上がるのを耳にするあたり、

誰とでも隔てなく関わっているようだった。

いい人を続けられているようだった。

表向きでは、だけれど。


しかし、最近ときたらやけに

自室の家具の配置を変えたり、

帰ってから筋トレをしていたのに

それをしていなくなったり。

些細なことでしかないのだけれど

これまで16年間隣にいた

家族には変わりがなく、

それが妙に気になっていた。

もしかしたら私の知らない、

それこそ、もこちゃんとやらの

指示なのかもしれない。

悠里はとことん性格の悪いやつだけど、

上からの仕事を任されるくらいには

頼りになるってことには

間違いはないわけで。


結華「…。」


私はやっぱり劣化版なのだと

思い知らざるを得なかった。


休み時間になると、

嫌でも悠里の声が耳に届いた。

あいつの声は吹奏楽部で

肺活量を鍛えられているからか

無駄に大きいが故に、

廊下にいるだけで聞こえてしまうのだ。

あの不快な笑い声と言ったら

本当に耐えがたい。

放課後まで何を離すことがあるのだろう、

延々と楽しそうに

きゃっきゃっと賑わう声が

耳を掠めてやまなかった。


日が伸びて夕陽と顔を合わせる時間が

だんだんと遅くなっていることに

気づきながら帰りのホームルームを終える。


「結華ちゃんじゃあね。」


結華「うん、ばいばい。」


なあなあに手を振る。

すると相手も曖昧に手を振った。


帰りの準備はしたものの

暑いがあまり席を立つ気になれなくて

そっと顔を伏せる。

こんなにだらりと伏せているのは珍しかった。

周囲から見ても意外に

思われているだろうと思う。


見た目ばかりは知的で真面目に

見られることが多かった。

実際、そんなことはないのに。

今もなおそのイメージは

こびりついていることだろう。

悠里とは真反対の評価を

得られたことに安堵しつつも、

ちぐはぐな自分に不信感だって抱いた。

いつまでも自分に対してすらも

猫を被っているようだった。


どのくらい時間が経ったのだろう。

はっと顔を上げると

教室は誰もいなくなっていた。

私を置いていくことを躊躇していないようで、

いらないと言われているようで

ど切りとしてしまう。

皆部活やら家にやら向かったのだ。

帰宅部の私は家へと辿るしかない。


ふと、空を見ていたら

また分厚い雲がこちらに

迫ってきているのが見えた。

尚更帰るのが面倒になった私は

寄り道をしようなんて思いつく。

とはいえ、財布にお金はほぼ

入っていないから、

カフェだとかには行く気がない。

当たり前のように学校で

時間を潰そうなんて考えるのだ。

現代の女子高生らしくないな、と

自分でも思う。

けど、残念ながらこれが私だった。


学校内をうろうろしていると、

音楽棟の近くでは

数多楽器の音が耳に届く。

それから歌っている人の声。


結華「…。」


そういえば、と奴村さんのことを思い出す。

先日、18月の雨鯨という

音楽グループを解散した。

その声明には、ボーカルである

奴村さんが声を発せなくなったこと、

そして作曲担当の国方さんが

記憶を失ったことが綴られていた。

活動者だった頃、悠里の提案で

奴村さんとはコラボをしたことがある。

もう叶わぬ夢だと思うと

少しばかりぽっかりと

穴が空いたような気分になる。

奴村さんは常に怯えていたけれど、

私たちと一緒で音楽が好きなことは

伝わってきていた。

だからこそ尚更。

もう部活にも顔を出していないのかもしれない。


国方さんの件も残念に思う。

これらも全て、悠里が絡んであるのだとしたら。

悠里がコラボを打ちたて、

奴村さんの声を奪い、

国方さんと吉永さんの記憶を

奪っているのだとしたら。

それ以前に、悠里が人をいじめるのも、

私を下に見ることも、

私が絵をやめたことすらも

全て計算だとしたら…。


…。

…夏だから、月曜日だから

変な妄想ばかりが過ぎる。

計算高い彼女なら

あり得ないことではないなんて

思ってしまうけれど、

それは流石に偏見が過ぎる。

頭を軽く振り、思考をそっと飛ばす中、

ふとたまたま美術室の前を通った。

選択科目に音楽と美術があったが、

もちろん美術を選んだ。

悠里と一緒のものを選びたくなかったから。

けれど、できるのであれば

両方選びたくはなかった。

一度は筆を折った人間だもの。


油彩の香りに当てられながら

短い中学時代が浮かびそうになって

足早にその場を去る。


結華「…。」


ふらり、と歩いていると、

物音がするのが聞こえた。

がたがた、と椅子や机が

穏やかに引かれている音かと思いきや、

うるさいほどの笑い声が響く。


結華「…!」


ああ。

気づかなければよかったな、なんて

思ってしまった。

その笑い声や囃し立てる声は

どんどんと近くなっていった。

引き返せばよかったのに

そうすることもせず、

いくつかの教室を横目に通り過ぎる。

そして最後。

学校の隅の使われていない教室が

見えてしまった、見てしまった。


そこには1人を取り囲む数人の女子生徒。

その中に、悠里の姿。

中心で蹲る子は知らない人だった。


悠里「あははー、可哀想。自分で何にもできないよぉーって?」


「か弱いフリとかいいから。」


「てかさあ、今日の昼休みにもかにぶつかったでしょ。謝んなよ。」


「そーだそーだー。」


悠里「へえ、そう。うちらに構ってもらえないとごめんなさいもいえないんだ?」


悠里がその子の髪の毛を

引っ張ったと同時に、

涙目がこちらを捉えるのに気づいた。

こんな場所さっさと通り過ぎて仕舞えば

よかったというのに、

私はぼうっとそれを眺めていたらしい。


自然に気づいた1人が耳打ちすると

悠里はこちらを向いた。


悠里「あぁー、出来損ないだぁ。」


結華「…。」


悠里「お前もやれば?」


結華「やらない。」


悠里「は?いい子ぶってんの?お前も根は同じだろうが。」


結華「…。」


ん、と引っ張ったままの髪の毛を

こちらに差し出すように

さらに引っ張った。

いじめられているその子は

声を上げずにされるがままだった。


結華「悠里ほど心の出来は悪くないから。」


その子を助けることもせず、

ひと言だけ吐き捨てて背を向ける。

現場を見たというのに

見ていないふりをして

そのまま立ち去ろうとする私も

十二分に腐っていることは

わかっているのに。


悠里「そう言って見て見ぬふりするくせに?」


そんなことは悠里だって

重々承知しているわけで。


悠里「自分が1番可愛いんだよなあ?ほんと身勝手なやつ。」


ああ。

やっぱりさっさと立ち去っていればよかった。

後悔、後悔、後悔。

光を通さないほど真っ黒な感情が

これでもかというほど流れてくる。

それらを抹殺するために

生活の中に瞑想を

取り入れるようになったけれど、

濃度が低くなることはほとんどなかった。


こんな姉妹なんていらなかった。

こんな家族なんていらなかった。


足早にその教室から離れる。

当然職員室にも寄らない。

だって、もし今後私に

矛先が向くようなことがあったら。

そんなことを考えて生活したくないから。


結華「…。」


…。

身勝手で傲慢で、

口が悪くて人を見下してばかり。

どうしてこんな姉を持ったのか。


せめて。


結華「双子じゃなければよかった。」


悠里がいなくなればいいのに。

何度目だろう、そう心の底から

感じるのだった。

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