数秒差の枷


いじめの現場を見て数日後。

私は何故ここにいるのだろうと

ぼんやり考えていた。

…考えずとも答えは

出ているのだけど。


こころ「それでさ、ここのブランドとのコラボ商品が出ててさ!」


結華「はい。」


こころ「見てみて、超可愛くないっ!?」


三門さんは嬉しそうに

きゃっきゃっと話している。

テンションが上がっているらしい。

最近目をつけていたブランドと

前々から愛用していたブランドとが

コラボするとか何とか。


私は何故か三門さんに誘われて

ショッピングセンターまで足を運んでいた。


目の前には、私であれば一切手に取らない

パステル色でフリルの多用されたものや

所謂地雷系と呼ばれる黒や白、

ビビットピンクあたりの色が

使われている服が目に入る。

どれもデザインにこだわっているのは伝わる。

が、その服の面積が少ないものが多い。


…多いというより見慣れないがあまり

やたらと目に入る。

下着が見えてしまうのではないかと

思うほどのスカート丈や、

太ももを大々的に魅せるショートパンツ…。

どれも私には縁がない。

ここにいるのは場違いなんじゃないか。


段々と居心地が悪くなるなか、

きらきらとした目つきでこちらを

見つめてくる三門さんに気づく。


結華「そうですね。」


こころ「だよねだよね!」


適当な返事だったのだけど、

それを真摯に受け取ったのか

より一層目を輝かせて鏡に向かった。


こころ「はう、今月のバイト代がピンチになりそうな予感…。」


結華「服、好きなんですね。」


こころ「服もそうだし、可愛いもの全部が好きなんだ。」


結華「なるほど。」


こころ「結華ちゃんはどういう系が好き?」


いきなり名前で呼ばれ、

そのような関係だったか不思議に思うも

問いの内容に意識を向ける。

どういう系…と言われても、

そもそも服に何系があるのか知らない。

モード?ストリート?ナチュラル?

単語は知っていても内容を知らない。

違いもわからなかった。

そのくらい、ファッションや

流行には興味がないのだ。


結華「特にないです。」


こころ「そっかぁ。じゃあじゃあ、普段スカート派?ズボン派?」


結華「ズボンです。」


こころ「ほうほう、しゅっとしたスタイルが好きなのかもしれないね!」


結華「あるものを着てるだけです。」


こころ「でも、そのあるものを選んでるってことは少なからず好みがあるはずなんだよねー。」


会話にはあまり脳のリソースを

割いていないようで、

服を自分に当てて

どれが似合うかを吟味していた。


無意識のうちに好きになっているものが

あるはず、ということだろうか。

好きになっているとまでは行かずとも、

馴染みのある程度になっているものが

あるのだというのだろうか。

ここに来てから2年経っても

それが全くわからない。

いや、寧ろここに来てから

2年間でわからなくなってしまった。


結華「そういうもんなんですかね。」


こころ「多分ねー。よし、2択まで絞れた!」


結華「両方買ったらどうですか。」


こころ「ぐ…それもいいんだけど…結華ちゃん!」


結華「はい。」


こころ「どっちがいいと思う?」


白と淡いピンクを基調にしたものと、

黒をベースにアクセントとして

ビビットピンクが入ったものが並べられる。

買うのは三門さんであって

私ではないのに、と思いつつ服を眺める。

悩んでもしょうもない

返事しか思いつかなかった。


結華「三門さんの自由だと思います。よりときめいた方を選んだらいいんじゃないでしょうか。」


好みの方を選んで。

それが三門さんの言ったことだし。

選ぶってそういう楽しさがあるから

みんなしているのだろうから。


こころ「うう…そうだよねぇ…じゃーあ…。」


その後数分間悩み、

結局三門さんは白い服だけ購入した。


服屋を出てからは三門さんに連れられて

普通のカフェにやってきた。

三門さんのことだから

可愛らしいところに入りそうと思ったが

予想は外れたらしい。

平日の夕方ということもあり、

店内はやや埋まっていた。

制服で、学校の違う2人が

同じ席に座っている図は

少しばかり不可解に思えた。


こころ「いやー、今日は付き合ってもらっちゃってごめんね。」


結華「いえ。」


こころ「あんまり楽しくなかったよね…?」


結華「え?」


こころ「ほら、興味なさそうな顔してたし。僕の趣味に付き合わせて申し訳なかったなーって。」


だからカフェも普通のところを選んだのか。

もしかしたら単にこの近くに

可愛い系のカフェがなかったとか、

その気分ではなかったとか

あるかもしれない。

けど、気を遣っている

ようにしか見えなかった。


結華「これでも私なりに楽しんでますよ。」


こころ「そーお?」


結華「感情があまり表に出ないだけで。」


本当は服には全く興味はなかったけれど、

人間を知れることには面白さを

感じていたのだから、嘘は言っていない。

嘘は。


こころ「そっか。安心したよおー。」


三門さんはそう言っては

注文していた甘そうな飲み物を

こくりこくりと口にした。


こころ「あ、そーだ。それとね!」


結華「はい。」


こころ「後でみんなにもツイートとかで伝えようと思うんだけど、敬語なしにしない?それと、みんな名前で呼び合うの!」


結華「敬語なしですか。」


こころ「そう!長い付き合いになりそうだしさ。」


結華「そうですか?」


こころ「うん!まあ…なんて言うか…去年もこういうことがあったらしくてさ。」


こういうこと。

それが何を指すのかは

もちろんわかっている。

私じゃなくとも今年巻き込まれている7人なら

ぱっと思い当たるだろう。

去年も同様のことが

起こっていたとは知っている。

Twitterにてひとりひとりの

過去のツイートを見ていれば

容易に理解できた。


そうせずとも理解はしていたし

わざわざ遡らなくてよかったけれど、

どのような人間なのかを

知りたくて遡っていた。

みんな違う人間で受け取り方も様々。

受け入れたり拒否したり。

それが、その差が面白いと思ってしまう。


こころ「ま、それはおいといて…どうかな!」


結華「構いませんよ。」


こころ「やったー!じゃあじゃあ、結華!」


結華「はい。」


こころ「そこは「うん」でしょー。」


結華「うん。」


こころ「僕の名前を呼んでごらんよー。」


にやにやとしており楽しそうだった。

大抵の人はここで躊躇って

少しばかり時間が空くのだろうなと思う。


結華「何、こころ。」


こころ「うお、これはいい衝撃波だよ!」


結華「…何を言っているの。」


嬉しいのか嬉しくないのか。

とりあえず一層テンションは

上がったらしい。

ひとしきりはしゃいだ後、

ようやく落ち着いてスマホを

時折いじりながら口を開く。


こころ「にしても、今日は馬鹿ほど暑いよねー。」


結華「うん。」


こころ「湿気無いだけまだマシだけどさー…。」


結華「昨日より涼しく感じる。」


こころ「そう!?あ、でも湿気無いから…少しはわかるけどー。」


結華「もう夏だよ。」


こころ「う…もうそんな時期かぁ。」


からりからり。

氷だけになったカップの中を

ストローでくるくる回していた。


こころ「…色々あったなぁ。もうお腹いっぱいだよ。」


結華「それは寧々さんのこと?」


こころ「そう。それに、陽奈のことも心配だしね。」


結華「そうだね。」


こころ「あーあ…。」


結華「その後、どうなの?」


こころ「ん?」


結華「寧々さんと。」


こころ「あー…バイトで会って、話して…時々前みたいに寄り道して…って感じ。言っちゃえば前の寧々さんとあんまり変わんないんだけどさ…。」


こころは居心地悪そうに

頬杖をついたり両手を

机に置いたりしている。

先ほどのテンションが上がるとは

また別の意味合いで落ち着かないらしい。


こころ「前とは違う人だってわかっちゃってることもあって、何となく距離は感じてる。気兼ねなく話しかけはできるけど、心置きなく喋れないっていうか。」


結華「そうなんだ。」


こころ「結華から見てどう?」


結華「私からわかる変化はないよ。」


こころ「そっかぁ…。」


結華「…。」


こころ「…あの後、話してくれたんだ。」


結華「あの後?」


こころ「まあ、色々あってさ。寧々さんを助け出した後って言えばいいかな…。」


結華「深くは聞かないけど。それで?」


こころ「実はいじめに遭ってたって。」


ぞくり、と毛が逆立つのがわかった。

いじめ。

吉永寧々が。

…。


ふと思い浮かぶのは悠里だった。

ある日、不意に見かけた気がする

その影を思い出す。

吉永さんを囲む何人かの生徒、

その中に、私に似た姿。

…。

悠里を。


その時も私は見て見ぬ振りをした。


こころ「誰からとまでは言わなかった。そこは寧々さんのプライドらしい。もう過ぎた話で、今は安全だって言ってたしね。」


結華「そう、なんだ。」


こころ「うん。いじめもこの一連な事件のひとつだったりして。」


結華「……防ぎようがないね。」


こころ「…お姉ちゃんも同じようなこと言ってたっけ。」


結華「お姉さんがいるんだ。」


こころ「うん。2つ上の。それでね、起こることは仕方がないんだって。僕は納得いかないけど。」


結華「こころにとって理不尽だしね。」


こころ「そう。で、言ってたの。後悔するようなことはしちゃ良くない、後悔するくらいなら動けって。」


結華「そうできた?」


こころ「…半々。僕のせいで寧々さんの大切なお兄さんの存在自体を失くしちゃって…でも、寧々さん自身をよくない家庭環境からは救えて…。」


結華「後悔しない道はない。」


こころ「…ほんと、その通りだね。」


結華「その気持ちはわかる。私も何度も後悔してる。」


こころ「例えば?」


結華「例えば。」


例えば。

そんなもの、あげればキリがない。

いじめを見て見ぬ振りをしたこと。

それは1回だけでなく何度も行ったこと。

悠里から遠ざかりたいからと言って

卑屈な人間になることを選んだこと。

感情を表に出さなくなったこと。

私が選ばれなかったこと。

もこちゃんと呼ばれるあの人と

関係を持つことができなかったこと。

私は劣化版でしかないと悟って

努力することを諦めたこと。


あげればキリがないのだ。

それでも、唯一挙げるとしたら。


結華「…忘れ物をする、とか。」


嘘。

唯一挙げられるのだとしたら、

双子に生まれてしまったことだ。


こころ「ああー、わかるー。てかあれじゃない?双子だと荷物ごっちゃになったりしない?」


結華「ないよ。ないようにしてる。」


こころ「わ、えらい!ちゃんとしてるね。」


結華「普通だよ。」


こころ「ええー。だって僕なんて、お姉ちゃんの筆箱を間違って持ってきちゃったことあるんだよ!?」


結華「仲がいいんだね。」


こころ「ちょっと茶化さないでよー!ま、でも仲はいい方かな。」


結華「そう。」


こころ「愛想悪いけど相談には乗ってくれるし、僕の趣味を否定しないし!」


それからそれから、と続ける目の前の人は

別次元にいるように見えてきてしまった。

きょうだいの関係がいいって

一体どういうものなのだろう。

どういうもの、だったろう。


2年前までは、確か。

確か。


…。

…思い出す方が辛いのであれば、

思い出さないことを選ぶのが

懸命な時だってある。


私は悠里への憎しみだけを動力に

動いている人形でしかない。

それでも。

それでも生き続けなければならない。

指令上、仕方のないことであって。


あの生活から抜け出せれば

幸せが手に入ると思っていたのに。

今、幸せとは思えないな。


姉のことを楽しそうに話す姿を見て、

初めてこころという人間に対して

羨ましいと思った。

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