偏屈なわたし

朝の日差しが僅かに差し込む。

直線になって私の膝下を刺す。

やがて日が経てば徐々に位置は移動し

目元にまでやってくるだろう。

時刻は5時半。

自然と目が覚めて上体を起こす。

すると、急に電源を入れたかのように

血が囂々と巡りだす。

指先が妙に温まるのを感じて

布団から這いずり出る。


カーテンを開くと、

夏らしい朝が顔を出し始めている。

朝が早くなった。

外は暑くなった。

蝉な鳴き始めた。

そんな7月の頭のこと。

悠里は。


結華「…。」


机の上にあった髪ゴムを手に取り、

4月頃よりも伸びた髪の毛をひとつに縛ると

ぱらぱらとこめかみあたりの髪の毛が垂れた。

ピンがないとどうにも落ちてくるらしい。


結華「…邪魔だな。」


今日の帰りにはピンを買って帰ろうか。

…。

いや、必要ない。

下ろしている方が結局しっくりくるのだ。


今日は悠里のお見舞いに行くことになっている。

というのも、先日悠里は私のことを庇って

トラックに轢かれたのだ。

幸いなことに一命は取り留めたものの、

酷く怪我をしたらしい。

怪我なんて生温いものではない。

損傷と言っていい。

…それほどだと聞いている。


両親は既に昨日お見舞いに行ったらしい。

私はどうしても心の整理がつかなくて

行く気になれなかった。

2人は多くは語らなかったが、

顔をくしゃくしゃにして悔いていたのを見て

ああ、そういう感じだったんだ、と

ぼんやり思ったのを覚えている。


私にとっては、悠里がいなくなって

心底安心しているところもあったのだ。

卑怯なやつ、だろう。

でも、これまで悠里と比べられて、

卑下されて、どれほど屈辱的だったろう。

悠里がいない今、学校でも私は

のびのび過ごすことができる。

悠里のことを考えなくて済む。

まるで姉妹なんて

元からいなかったかのようにー。


…。

…。

…。


そう、なると思っていた。


「槙の妹ー。悠里って今どんな感じなの?」


「悠里ちゃん元気?」


「事故なんでしょ?後遺症とかなさそう?」


「あいつノリ良くて気に入ってたんだけどなー。」


「すぐに学校に戻ってくるよね?」


「今度お見舞い行くねって伝えてくれないかな!」


「お大事にって言っておいて!」


結華「…。」


適当ににへらと笑って返事をしておく。

悠里の知り合いだろう、友達だろう人が

私のところを訪れた。

それは今日に始まったことではなく、

昨日も同様だった。

悠里が事故に遭ったという噂を聞きつけて

私から何かしら情報を取ろうとでも

思ったのだろう。

どこからか、私が事故現場に

いただなんて情報も流れているらしかった。


実際、事故が起こったのは下校時刻だから

誰が見ていたっておかしくはない。

だから仕方のないことだろうけれど、

まるで監視されているみたいだった。


訪れた人はいかにもキャピキャピした

社交的な人から、

所謂2軍と呼ばれるような人たち、

それから部活で関わっていた人たちがいた。

他にも、意外なことに

教室の隅にいそうな物静かな子まで来た。

幅広いなとは思ったけれど、悠里のことだ。

打算的に仲良くなり、利用したのだろう。

賑やかな人たちからは権威を、

物静かな人たちには勉強を教えてもらう。

後者の人たちは話しかけられただけで

喜ぶことが多いから、とか考えていそう。

仲良くなっておいて損はない。

こいつは使えるから。

そういう考え方をしているのが悠里だ。


話しかけてきた皆、これまで私のことは

存在しないかのように扱っていたのに、

悠里に何かがあった時だけ、

私は悠里の妹になる。

悠里がいてこそ存在するのだろうか。

私ってそんな存在だったのだろうか。


結華「…双子って。」


こういうことなんだろうな。

特に私たちの場合は。


事故と悠里のことで逡巡していると

放課後になっていた。


昨日篠田さんから連絡が入り、

悠里のお見舞いに一緒に行くことに

なっていたとふと思い返す。

どうしてほとんど関わりのなかった篠田さんが

お見舞いに行きたがるのだろうと

不思議に思ったけれど、

社交辞令的なものだろうと

思うことにしておいた。


月曜日だというのに学校の廊下は

賑わっていて喧しい。

これの一部になっていたのか。

私はただの欠片でしかないらしい。


図書室や音楽棟、美術室…

様々な教室を見て回るか迷ったが、

結局寄り道をすることなく

篠田さんとの集合場所にたどり着く。

3年生の靴箱も当たり前のように

人がごった返していた。

聞こえてくるのは決まって

受験のことが今日の気温のこと。

35℃だとか、36℃だとか。

15時で1番暑い中家に帰るなんて

うちら頭おかしいよね、だとか。

それでも帰るのには理由があるのだろう。

学校で勉強するのが嫌だとか。

昨日買ったおやつがある、だとか。

何かしら理由はあるのだ。


だから、私も。

私にも。

今日悠里のお見舞いに行くと決めたのには

何かしら理由があるのだ。


加えて。

悠里が私を庇ったのにもきっと

理由があるはずなのだ。


考えはぐるぐると同じ場所を巡っていると、

不意に後ろから肩を叩かれた。

はっとして振り返ると、

射抜くようなつり目と

緩やかに巻かれた髪の毛が

視界に飛び込んできた。


澪「待たせてごめんな。」


結華「いえ。」


澪「場所わからんけん、全部お願いするわ。」


結華「はい。わかりました。」


篠田さんは要件を簡単にまとめて伝えると、

スマホを取り出した。

何事かと思えば、今度はこちらに

差し出してくるではないか。

そこにはQRコードが表示されている。


結華「えっと?」


澪「LINE。交換しとった方が楽やけん。」


結華「そうですか?DMもありますし、別に…。」


澪「うちがあんまりTwitterを見んけん。」


結華「ああ。」


案外自分勝手な人だなと思った。

スマホを取り出すと、外気温のせいだろうか、

既にほかほかと温まっているのがわかる。

夏らしい。

もう7月も半分を終えそうだ。


澪「ん、助かるわ。」


結華「じゃあ、行きましょうか。」


澪「それにしても暑いな。」


結華「夏ですから。」


澪「度をこしてるって話っちゃけど。」


結華「毎年こんな感じなんじゃないですか。」


澪「そうやけど。」


篠田さんと2人で話すのは

私の記憶している限りでは

これが初めてのことだ。

けれど、お互い気を使いすぎていない。

それが程よく心地いい。

…違うか。

お互い自分のことしか考えていないのだ。

他人に興味がないから、

互いにこんな物言いができるのだ。


ある意味利害の一致の関係とも

言えるのかもしれない。

それほど淡白で浅はかなものだ。


澪「こんな暑さ、人が何人死ぬっちゃろ。」


結華「来年頃になれば統計が出るんじゃないですか。」


澪「不謹慎な。」


結華「話題を振ったのはそちらです。」


澪「可愛くなかー。」


篠田さんはそっぽを向いて

私の隣を歩き出した。

改めてこれまでのことを思い返す。

隣にいる彼女を思うたびに

不思議な縁だなと何度も思った。

…。

仕組まれた不思議な縁だなと。


登下校の道を誰かと歩くのは

先日悠里と歩いた以来だった。

その前にも誰かと一緒に歩いた記憶はない。

1人で行き来を繰り返す。

だからこそ、今この瞬間が

珍しくって酷く奇妙に映った。


結華「…。」


澪「そういえば、こんなこと聞くのは野暮っちゃろうけど。」


結華「はい。何ですか。」


澪「事故の時、おったと?」


結華「…。…はい。」


澪「…それは辛かったろうね。」


結華「でも、私も慌ててたからあまり覚えていないと言いますか。すぐに救急車を呼んだので。」


澪「そうったいね。」


篠田さんはそれ以上深く聞くこともなく、

炎天下の中汗を流しながら隣を歩いた。

いつからだろう。

彼女の手にはハンディタイプの

扇風機が握られていた。

微かな機会音が夏をより一層感じさせる。

鮮烈な夏色だった。


結華「…悠里が事故に遭ったのは、私を庇ったからなんです。」


普段から1人の時間が多いから

無言でも大丈夫だと思っていたけれど、

居心地が悪くなったのか

我慢できずに口を開いた。


結華「歩道は青信号だったのに、トラックが突っ込んできて。それで。」


澪「…。」


結華「…悠里は、どうして私を守ったんでしょうか。」


澪「さあな。」


返事はそれだけだった。

吐き捨てるようにそう言うだけ。

答えは自分で考えろとでも

言われているような気分になった。


悠里が轢かれて以来考え続けている。

どうして悠里は私を守ったのか。

理由を。

その理由を探し続けてる。

悠里にとって私は邪魔だったはずだ。

いらない存在だったはず。

それなのに、自分が1番可愛いはずなのに、

どうして。


結華「…。」


重たい足を動かしながら

やっとの事で電車に乗る。

時折篠田さんと他愛のない話をしながら、

でもほとんど互いに黙りながら

病院までたどり着く。


病院特有のきっちりとした、

それでもって白を基調とした香りが

鼻をつんと突く。

2年…3年ほど前まで過ごしていた

あの場所のことを思い出す。

どうして白色の多い場所では

薬品的な匂いがしがちなのだろう。


受付を済ませて悠里のいる病室の前へ向かう。

扉を開けるのを

戸惑っているのがわかったのか、

篠田さんが手を伸ばし取手に触れた。


澪「失礼します。」


結華「…。」


篠田さんが病室に入り、

後からのそのそと足を踏み入れる。

事故直後だからか、

それとも上から資金が降りたのか、

1人部屋だったことには驚いた。

無駄に広い部屋の中、

2人の足音がやけに響く。


ここに来てはいけないような気がしていた。

けれど、来なければならないとも

わかっていた。

来たくはなかったのかもしれない。


だって。


悠里「…。」


頭に包帯を巻かれ、

色々な管が繋がれている悠里を

見ることになるのだから。


悠里はぼけっと窓の外を眺めており、

私たちがここにいることにすら

気づいていないように見えた。

外の何を見ているのだろう。

視線は一切ぶれず、

何かひとつを見続けているのだろうことは

それとなく理解していた。


ぱらぱらと髪の毛が肩から滑る。

かと思えば、光の差し込まない

泥んだ瞳がこちらを見つめた。

篠田さんは何も思わなかったのか

ベッドの近くにある椅子へと腰掛けるが、

私には悠里が異物に映って仕方がなく、

その場を動くことができなかった。

かと思えば次の瞬間、

そんなことなど嘘だったかのように

通常のようにきらきらとした目つきになった。

人がいると言うことを認識できたのか、

はたまた私がきたことに対して

そんなに嬉しかったのか。


澪「座らんと。」


結華「…失礼します。」


止まっていた足を動かして

篠田さんの隣に座る。

悠里が不思議そうな目をして

こちらをじっと見つめているのがわかった。


悠里「…その、わざわざ時間を作っていただいてありがとうございます。」


悠里は淑やかに軽く頭を下げる。

朗らかな日差しが、彼女の横顔を照らす。

そくり、とした。


澪「うちがきたかっただけやし、何にも気にするかとはなか。」


ほら、何か言わんね。

そう言って私の横腹を突かれる。

空は晴れていると言うのに、

光を通さない雲ばかりが目につく。


結華「……。」


澪「悠里、体は大丈夫とね。」


悠里「結構痛みはするんですけど、でも命に別状はなくてよかったです。」


にこ、と微笑む。

これまでの悠里にはない表情だった。

否、この2年間で

一切見せなかった笑顔だった。


結華「ねえ。」


悠里「はい?」


おかしい。

そう。

おかしかったのだ。


悠里が私を見ても嫌な顔ひとつもせず、

ましてや敬語で話し続けるなんて。


結華「私のこと、覚えてる?」


悠里「…。」


澪「…。」


悠里「えっと、結華さん、ですよね。双子の妹の。」


結華「自分のことは。」


悠里「それが、先日お医者さんに基本情報は教えてもらったんですけど、それ以外は全くで…。」


しなり、と申し訳なさそうに笑う。

常に笑っているそれが奇妙で仕方がない。

これは悠里じゃない。


これは、別物だ。

これは、異物だ。


結華「…記憶…喪失?」


悠里「…そうみたいです。」


ぽつり、と呟くように言った。

篠田さんが息を呑むのがわかる。


結華「何で…。」


悠里「事故に遭ったみたいで」


結華「知ってるよそんなことくらいっ!」


澪「ちょっと。」


結華「でも、何で。何で、あんなこと言って、私を庇って…っ!」


澪「少し落ち着きぃ。周りにも迷惑になるやろ。」


結華「でもっ。」


でも。

悠里は確実に言ったのだ。

「お前に全て捨てるくらいの勇気がなかった。」

「それが何を意味しているのか、わかったらよかったね。」

と。

もしそれが何を意味しているのかわかれば

悠里はこんなことにならずに済んだのか。


…むしろ。

無知のままでいられたから

悠里はこうなったのか。

もし私が知っていたら、

私がこうなる運命だったのだろうか?

そう思った途端、何故だろう、

異様に安心してしまう自分がいる。


最後まで嫌な姉だった。

今は、全く知らない他人になっている。


嫌な姉が、消えた。


これまで比べられ続けて、苦しかった。

母親も父親も悠里を1番に考えた。

学校でも人気者で、

私はいつだっておまけだった。

あいつには才能があった。

楽器も吹けて、歌ってみたのMIXもできた。

そして何より上から選ばれた。

私ではなく、悠里を選んだ。

いつだって環境も悠里も

私を見下してきた。


そいつが、いなくなったのだ。


結華「…そっか。」


私がここで躍起になって

噛みつくかの勢いで悠里に迫ったのは、

きっといい妹を演じたかったからだ。


悠里がいなくなって清々していることを

真摯に受け止めるのにはまだ時間が

必要になるだろうけれど、

今のこの混濁した感情の中には

少なからず紛れ込んでいる。


安心している。

清々している。

ざまあみろ、と思っている。


澪「…悠里。」


悠里「はい、何ですか?」


澪「今からいうことは全く訳のわからんやろうことやけど、聞いてほしいっちゃん。」


悠里「…?はい。」


澪「悠里は優しい人やけん、手を差し伸べることができる。それに救われた人がいると。」


悠里は優しい人だと正面から言った人は

これまでにあまり聞いたことがなかった。

あったとしても、打算的な思考の

産物であることが多かった。

だから今回もそのことだろう。

…そう思っていたけれど、

どうやら少し事情があるらしい。


澪「そのことを忘れんとって。生きることが嫌になっても、そのことだけは絶対に。」


悠里「…わ、かりました。」


髪を下ろしていることもあり、

大人しそうに見えるその人は、

明らかに悠里ではあったのに、

悠里ではなくなっていたのだった。


すると、篠田さんは「お大事に」と伝え、

満足したのか席を立ってしまった。

そのまま退室するようで、

慌ててその背を追う。

ちらと悠里の方へ振り返ると、

こちらを物悲しそうな目で見つめていた。

まるでお留守番を任された犬のようで、

心底気持ちが悪くなると同時に

不意に罪悪感が湧いてくるのだった。


まだ日差しが強い中、

病院から1歩踏み出しただけで

溶けそうな気すらした。

近くのコンビニに寄ることもなく、

最寄駅のホームで並びながら

まだまだやってこない電車の予告をする

電光掲示板を眺めていた。


澪「…完全に理由は聞けんくなったな。」


しばらく会話はなかったのに、

突如として口を開いたかと思えば

そんな言葉が耳に届く。


結華「…何のことですか。」


澪「何で守ったんか。」


結華「……そうですね。」


篠田さんは大きくため息をついて、

「点同士が繋がって気分悪いわ」と

真後ろにあったベンチに腰掛けた。

何となく私も座ろうと思い

近くにまで寄ってみるものの、

立ったまま硬直するだけだった。

彼女の話に深く突っ込む理由もないと思い、

ぼうっと突っ立っていると、

またもや篠田さんは口を開いた。


澪「そういえば、理由ってそんな大事なん?」


結華「え?」


澪「しょっちゅう思うと。どの志望校を選ぶにも理由がいるとね。ほんとやになるわ。」


結華「それが普通じゃないんですか。」


澪「普通ではあるやろうね。でも、ただ単にそこに行きたいってのは理由になるやろ。」


結華「具体性に欠けます。」


澪「どうしてその大学に行きたいかってことっちゃろ。」


結華「はい。」


澪「言語化できる人はいいとよ。学びたい学問があるとか。でも、直感的にいいと思った人は、それを理由にできんと。」


結華「直感や感覚は個人によりますし、判断材料としては伝わりづらいですから。」


澪「でも、その場合は嘘でも理由を作らんといかん。文化祭で惹かれただとか、校風が、海外留学が、とか。」


結華「はぁ。」


澪「他人にもわかる理由ってそんなに大事とね。」


結華「……まあ、入試であれば。」


澪「人を選ぶけんな。じゃあそれ以外で考えてみい。」


みーんみん。

蝉の鳴き叫ぶ音が聞こえる。


入試以外で。

ともなれば、それは。

すうっと思考は回り、口に出していた。


結華「悠里が私を守った理由は何故か。」


澪「何やと思う。」


結華「妹を守ったら自分の株が上がると思ったから。」


澪「ひねくれとうね。」


ふん、と鼻で笑う。

あの悠里からは想像できないからだろう。

知らないからだろう。

無知だから、私の方が

ひねていると思われるのだ。


結華「悠里はそういうやつですから。」


澪「まあ、正解は確かめられんけど。」


結華「何で問うたんですか。」


澪「もしもの話。実際のところ、悠里は反射的にあんたを突き飛ばして助けたとしたら、そこに理由はあると思うと?」


結華「助けなきゃって思ったから。」


澪「そんなん後付けやろ。反射とよ、反射。」


結華「…それでも理由はあるはずです。」


澪「感覚やろ。無意識やろ。そこにはないっちゃないとね。」


結華「でも…」


澪「理由はそんなに大事とね。」


結華「…。」


澪「大事なのは目の前にある現状っちゃない?今後、記憶を失った悠里とどう関わっていくかが重要っちゃないと。」


どう関わっていくか。

…。

そ、うか。

そうか。

私は悠里と縁が切れたつもりでいた。

しかし、怪我が治ればいつかは退院する。

そうなれば、学校に立って復帰するだろう。

家にだっているようになる。


私はそんな悠里と、

これからどうやって過ごしていくのだろう?


澪「…まあ、入試の話に戻るけど、先生たちに言ってやりたいわ。それなら今、あなたが足を組んでるのには理由があるんですかって。」


結華「そっちの方が楽だからじゃないですか。」


澪「…かったいな。」


結華「そうですかね。」


澪「どうせ何も考えんと適当過ごしとるだけったい。自分のことはさておき、人が何かするってなったら理由を求める。自分は聞かれたって大して答えれんのに。」


もう1度ため息をつく。

熱風に攫われて、汗がつうっと首を撫でた。


澪「でも、こういうところが子供なんやろうね。」


篠田さんはそう言って

地面を眺めるだけだった。


確かに、彼女の言うことは

わからないでもないが、

社会で生き残るには子供っぽすぎる。

好きだから、嫌いだから。

それだけで物事を判断してもいいなら

どれほど楽だったろう。


悠里が嫌いだから、一緒に住まない。

学校だって別にする。

そうできていたら、

悠里のことは嫌いになっていなかったのだろうか。

あの2年前の生活を続けていたら

悠里と仲良くし続けられたのだろうか。


悠里が事故に遭っても、

記憶が残り続けていたら。

仲良くなれる未来はあったのだろうか。


疑問ばかりが錯綜する。

もしこうだったらの妄想は

止まるところを知らずにどんどん広がるばかり。


悠里のことを思えば思うほど、

安堵と罪悪感が混じっていくのだった。

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