6.捨て駒部隊の戦い

 バトンを手に第一走者のボクはスタート位置につく。スタートのレーンは第四レーン。つまり大外だ。


 スタート位置は先頭で、前を向けば他の走者は見えない。オープンコースになる際も外から被せられることはない。このレーンの好き嫌いは別れそうだが、自分との戦いに集中できることは、ボクにとってありがたいことだった。


 スターターピストルが構えられ、一瞬の静寂が生まれる。


「位置について、よーい――」


 パァンとピストルが鳴り、レースが始まる。加速しながら身体を起こし、一気に速度を上げていく。フライングはない。


 直ぐに第一コーナーに差し掛かかる。まだ視界に他の選手は映らない。第二コーナーに差し掛かり、内側の選手が一気に距離を詰めてくる。


 ――まだ、ここで抜かれるわけにはいかない。


 バックストレートに差し掛かる時には、他の選手達が視界に映る。内側を走っていたA組の第一チームが一位となり、B組の第一チームが二位。すぐ横の第三レーンからも影が迫る。


 ――ここまでは想定内だ。


 僅かに視線を左に向ける。すぐ後ろから迫る足音。大丈夫まだ半歩以上はある。オープンコースとなったここでレーンを変える。


 ――大丈夫だ接触はない。さあ、ここからどれだけ耐えられるか。


 第三コーナーを通過した順位ごとに、次の走者が並びバトンを受け取る準備をする。


 背後からはこの直線で抜かそうと、足音が迫り、ジリジリと差が縮まっていた。


 ――まだだ、まだ脚も心臓も動くだろう。


 並びかけられるがここは譲れない。身体は既に限界に近い状態であったが、精神を燃料に燃やして、後続の選手を引き剥がしにかかる。


 第三コーナーに差し掛かり、バトンパスの順が決まる。


 現在三位、コーナーで追い抜くことは距離のロスが大きくなるため、かなりの速度差がなければ難しい。


 コーナーでは順位を維持したままテイクオーバーゾーンへの直線へ向かう。


 脚も心臓も既に限界を超えている。これ以上は速度を上げられない。最終直線で外から追い抜かれ、順位は最下位に転落する。


「あとは任せろ!」


「頼む!」


 第二走者の蒲田くんがスタートを切り、バトンが渡る。


 これでボクの戦いは終わりだ。


 蒲田くんは第一コーナーに入り現在三位の相手選手の斜め後ろにつく。そして、第二コーナーで一気に外から追い抜く。


 あとは、どんな結末であっても、ボクたちの戦いを最後まで見届けること。それがボクに出来ることであり、この作戦を立案した者としての責任だ。


 バックストレートでもう一人抜き、二位まで浮上。第三コーナーを通過し、第四コーナーで先頭選手の後ろにつく。


 直線に入り、第三走者の川崎さんが早めにスタートを切る。その間に蒲田くんがもう一人抜かし、テイクオーバーゾーンギリギリでバトンパス。


「ナイスラン!」


「そのままいったれ!」


 この時点で一時的だが先頭に立つ。


 第一コーナーに入り、川崎さんの後ろからA組第一チームの選手が詰め寄る。それに対抗するように川崎さんも踏ん張りながら第一レーンの外目を走る。


 第二コーナーで並ばれてからそのまま抜かされ、現在二位。後ろからはB組第一チーム、A組第二チームが迫る。


 バックストレートで抜かされ現在三位。更に後ろから迫られるが、第三コーナーに突入。第一レーンの外目を走りながら追撃を振り切り、アンカーの鶴見さんにバトンが渡る。


「ナイスだよ!」


「ごめんあとはお願い!」


 こちらがバトンパスをした時点で、すでに後ろとはあまり差がない。


 第一コーナーに差し掛かかる前で外から一気に抜かされ、ここで四位。


 一位と二位の間が徐々に広がり、二位と三位の間は徐々に縮まっていくなか、鶴見さんは懸命に走るが、前との差はどんどん広がっていく。


 最終直線の攻防。一位はA組第一チームがリードを広げてフィニッシュ。二位争いはデッドヒートの大接戦となるが、わずかにB組第一チームが先着。これにより順位は三位がA組第二チームとなり、四位のB組第二チームを残すだけとなる。


「がんばれー!」


「いけー!」


 ホームストレートを駆ける鶴見さんが、周りからの声援を受けながら、最後は張りなおされたゴールテープを切りフィニッシュ。そうして二年生の選抜リレーの結果が確定となった。


 バトンを係の生徒に渡し、待機列に戻ってきた鶴見さんが片手を軽く突き出す。次の三年生が控えているので出迎えは手短にグータッチ。


 ボクたちの順位は四位で最下位だ。この順位は決して最も望んでいた結果ではない。ボクたちだって本当は一位がいい。でも、ボクたちはこの結果に納得できたし、嬉しさや達成感を感じていた。それはボクたちが、自分たちなりに考えて真剣に取り組んでいたからではないだろうか。


 二年B組の選抜リレー第二チーム。実質的には、捨て駒部隊であったボクたちの戦いは、これにて終末を迎えたのだった。


×××


 ここまで長かったようで、結局あっという間に過ぎていった体育祭は、全プログラムを終えて閉会した。結果として二年B組はA組に負け、総合の結果でも負けという完全敗北を喫したのだった。


 敗北という結果に対して、ある程度のくやしさはあるが、個人としては充実感や達成感と感情を強く抱いていた。その感情の大半は選抜リレーによるものだろう。


 リレーの選手に選ばれることによって、蒲田くん、川崎さん、鶴見さんとの交流を深めることができた。


 普段の学校生活とは違う新しい化学反応が起きる。それが学校行事なのだ。というのは、あまりにも気取り過ぎだが、事実ではあるのだろう。


 そんなことはともかく、今年の体育祭がボクたちにとって、楽しかった思い出として残っていくのなら、それでいいのだ。それだけでもボクたちの戦いに意味はあったのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2年B組選抜リレー第二チーム『捨て駒部隊』の戦い 真まこと @Tmakoto0415

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ