5.チームの形

 体育祭当日、このあたりの時期は、例年天気が崩れることも多かったが、この週末は晴れが続くようだった。


 今日は、朝からギラギラと照りつける日差しと幾分かの雲、そして穏やかな風が織り成す、絶好の体育祭日和だった。


 競技を行う側としては、もう少し雲が多い空模様の方がありがたいのだが、雨が降って延期になるよりは良いだろう。


 開会式から始まり、準備体操や応援団の演舞を経て、競技種目が始まる。


 最初の競技は百メートル走。全体的にA組の方が、単純な走力では勝っていることもあり、まずはここで点差が生まれる。


 その次は長距離走。ここはクラスの戦略通りかそれ以上の健闘により点差を詰めたが、まだ僅かに負けている状況だった。


 次の競技はついにボクが出場する選抜リレーだ。


 バックグラウンドで音楽が流れ、選手紹介のアナウンスと共に入場が始まる。入場の流れはリハーサルと同じだ。


 しかし、この場で見えるもの、感じられるものは、リハーサルの時と全く異なる。トラックと観客席の間に張られたロープ、アナウンスを行う本部のテント。多くの観客とその声援。


 最初に競技を行う一年生の選手たちが所定の場所につく。


 一瞬の静寂が訪れた直後、スターターピストルの合図が響き渡り、スタートが切られた。


「そうか、ボクはこの舞台に立つのか」


 トラック内に集まる視線、代表選手への期待感、高まる熱気。一言では言い表せない雰囲気がこの場を包み込んでいる。


 そんな場を支配する空気に触れれば触れるほど、ボクは自分がやろうとしていることが、どれだけ無謀で卑怯で愚かであるのかといった感情が、爆発的に呼び起されていく。


 ボクは、クラスを代表する立場として戦うチームメンバーを、負けに実力以外の理由を求める自己満足に巻き込んだのだ。


 体育祭はあくまでも祭だ。戦うこと、勝つことが全てじゃない。勝つために己を捨てどんなことでもやる。それはこの行事に求められる姿勢ではない。


 最終走者が全員ゴールし決着がつく。沸き上がる歓声、称賛や励ましの声。会場を包むそれらが耳に入るほど、身体の芯が冷たくなっていく。


 金縛りにあったように身体がいうことをきかない。


 次は二年生、ボクたちの番だ。ボクが動けない間にも着々と時間は進んでいく。


 歯を食いしばって軋む身体を起こし、踏み出すための力を入れる。――その時だった。


「大森くん、緊張してる?」


 不意に鶴見さんが何かを促すように、ボクの肩をポンポンと叩く。


「ほら時間もないし、はやくはやく」


 振り返るとチームのみんなが、突き出した拳を合わせ、ボクを待っているようだった。


「よっしゃ、一発かましてやろうぜ」


「しっかり爪痕残してやるわ」


「よーし、ただじゃ終わらないよー」


 蒲田くんも川崎さんも鶴見さんも、その瞳に映る景色には一片の曇りもなかった。


 ――そうか……そうだよな。


 ボクにはボクの想いがあるように、みんなにも各々の想いがある。ボクの考えた作戦はあくまでもその中一つだ。これが全てじゃない。手段と目的を間違えるな。


 ボクたちはチームだ。個人の行いがチームの結果に集約し、最後は個人に還元される。


 みんなは各々が秘めたる想いを胸に、悔いの残らぬよう、全力でこの競技に臨もうとしていた。それならば、ボクに出来ることは全力で応えることだったはずだ。


「そうだな、見せつけてやろう」


 結局のところ、ボクたちは勝てると期待されていなかった。寄せ集めの捨て駒部隊。極端なことを言ってしまえば数合わせであり、出場してゴールすればもうそれでよい。そんな存在だった。


 でも、だからこそ、見せつけてやるんだ。決して頂点には届かなかったとしても、最後まで足掻き続けるボクたちの姿を。ボクたちの意地を。ボクたちの戦いを。

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