4.体育祭の前日

 忙しいほど時の流れが早く感じる。それはボクにとっても例外ではなく、気付けばもう明日が体育祭当日となっていた。


 体育祭の前日は、会場設営を行うためクラスでの競技練習は行われない。


「じゃあいくよ、せーの」


 倉庫からテントや入退場門、聖火台などが運び出され、設営が進められる。


 設営ではこれといったトラブルはなく、クラス旗やスローガンも無事に完成していた。


 校内の全体清掃も終え、応援団や吹奏楽部、各種委員会など、特別な役割がない一般生徒は下校の時間となった。


 前日ということで担任から、怪我などしないよう、しっかり休んで体調を整えるように、と念を押して言われて帰りのホームルームが終わる。


 バラバラと下駄箱や、それぞれの集合場所に向かう生徒たち。


 ボクは委員会には所属しておらず、役職としてはクラスの社会科係のため、特に放課後の用事はなく、素直に下校することになった。


「お、ここ四人は普通に帰りか」


「本当だ」


「言われてみればそうだねー」


「私は図書委員だけど、特に何もないからね」


 下駄箱の前まで教室から降りてきたところで、不意に蒲田くんから声をかけられる。鶴見さんも川崎さんもボクと同じように、このまま真っ直ぐ帰るようで、意図せず選抜リレーのチームメンバーが揃っていた。


 ボクたちは僅かな間だが、他愛もない会話をしながら共に帰り道を歩く。


 帰りの方角はバラバラで、出身校も違い、部活は、蒲田くんが卓球部、川崎さんは水泳部、鶴見さんは演劇部、ボクは科学部と、これもバラバラ。共通点は本当に今回の体育祭の出場競技くらいだった。


「それじゃあな」


 今後このメンバーでまた何かをするというのは、もう無いかもしれない。


「ツルちゃんも、モリもまたね」


 そう思うと本番前日の、この僅かな時間が、なんだか名残惜しいものにも感じられた。


「じゃあまた明日」


「じゃあねー明日はがんばろうねー」


 最後に鶴見さんとも別れ、それぞれがそれぞれの帰路についたのだった。


×××


 弧を描いて落ちる石が、地面に落ちカツンと音が響く。


 直後に地面を蹴り、一気に身体を起こしながら速度を上げる。


「ふう、こんなもんかな」


 辺りはすでに薄暗くなり、家の前の細い路地を照らす街灯が、輝きはじめていた。


 作戦を考案してから、毎日秘かに繰り返していたスタート練習も、今日が最後だ。


 作戦が上手くいく保証はない、実際に走ってはいないが、リハーサルの時に走順は周知されている。そして、作戦が成功しても結末は最下位という結果。


 そんな作戦に乗ってくれたみんなの為にも、ボクは最大限の結果で応える義務がある。


 ついに明日、ボクの、ボクたちの戦いが幕を開ける。

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