奇妙奇天烈雨霰

西順

奇妙奇天烈雨霰

「本日の天気は、飴時々東京タワー。ですが夜には晴れるでしょう」


 朝食にドードー鳥の卵焼きを食べながら、テレビの向こうで天気予報のお姉さんが伝える今日の天気に顔をしかめた。


 東京が地球から隔絶され、こんな歪な場所になってしまったのはいつからだろう。


 地下鉄が空を周回し、新宿駅は本物のダンジョンに変わり、渋谷の街を未来人が当然のように歩き回っているかと思えば、奥多摩では絶滅したはずの恐竜やサーベルタイガー、ニホンオオカミなどが徘徊している。浅草寺の仁王像は聖域の守護者のように振る舞い、皇居があるはずの場所は江戸城に置き換わり、台場は軍事要塞となった。


 誰も彼もが目を覚ましたらこうなっていたと話し、これは夢だ。いやこれまでが夢だ。と喧々諤々の議論が交わされたが、いくらも経たないうちに人々はこの状況に慣れていった。いや、慣れる事が出来なかった者から脱落していった。と言うのが正しいだろう。


 そんな昨日の話はどうでも良い。今考えるべきは今日の天気だ。飴だけならフード付きのコートでも着ていけば、帰りにはフードの中に飴玉がいっぱいになっているだけで済むが、東京タワーまで降ってくるとなると、傘を用意しておいた方が良いだろう。あれ当たると痛いからなあ。もしかしたら傘を貫いてくるかも知れないから、傘を回転させながらの方が良いだろう。


 制服に着替えたボクは、天気の急変で手裏剣が降ってきた時にコンビニで買ったビニール傘を持って家を出た。ボクが通う学校は、環状線から地下鉄に乗り換え、東京スカイツリーから宇宙エレベータで上った先にある天国寺子屋だ。


 寺子屋には様々な種族が通っており、中には手が六つある人とか、目が三つある人とか、脳が八つある人とか、他にも翼が生えていたり、そもそも上下逆さまに歩いていたり、石だったり、米だったり、空気だったり様々で、それぞれが神様になる為に日々勉強している。普通の地球型の人間の形をしている学生の方が少ない。


 授業も先生も様々で、一日千時間読経させられたり、一ヶ月を二秒で駆ける先生を捕まえたり、解くのに一万年掛かる数式をやらされたり、種族を取り替える薬の実験体にさせられたり、現代文やらされたり、今日も今日で昼休みまでの授業が濃い。友達が通う悪魔大学校はきっちり時間割通り授業が進められるらしく、ボクもそっちにすれば良かったかな? とたまに後悔する事もある。


 何はともあれ、昼休みとなれば昼食だ。学生の中には家から弁当を持参する者も少なくないが、天国寺子屋には学食があるので、そこで食事を摂るのがボクの習慣になっている。が、学食は学生たちに人気がある為、早く行かなくては目当ての食券が売り切れてしまう。だと言うのに、現代文の菅原道真先生に捕まり、現代文が弱いボクはあれやこれやと説教される始末。結局五秒もロスしてしまい、タッチの差で霞以外の食券は売り切れてしまったのだった。


 霞かあ。嫌いじゃないよ。形は変えられるし、味変も出来るから。醤油、ソース、マヨネーズ、ケチャップ、一味に七味、デュカにコラトゥーラにハリッサ、スリラッチャ、バナナケチャップと様々変えられるけど、食感がなあ、霞食っているみたいなんだよなあ。実際霞食っているんだけど。仙人科の人たちこればっかり食べているけど、どんな気持ちなんだろう。


 結局霞を食べてもお腹が満たされなかったボクは、午後の授業をフケて帰る事にした。そうは言ってもこのまま直帰すれば、親にどやされるのは分かっている。どこか適当な場所で時間潰しをする事にした。


「どもー、釣れてます?」


 飴が降る中、空に架かる七つのレインボーブリッジのうちの一つの下で、釣りをしている男を発見した。ボクが声を掛けると、太公望は露骨に顔をしかめた。


「釣れてねえよ。冷やかしか?」


「暇なんですよ、何か面白い話をしてください」


「お前は俺を何だと思っているんだ?」


「下手なくせに年中釣りをしている人?」


 更に顔を険しくする太公望。


「まあまあ、霞食べます? 昼食の残りですけど」


「いらねえよ。こっちは霞なんて食い飽きているんだよ」


「で、ボク暇なんですけど」


 嘆息されてしまった。長生きな人の話って長くなるから、ぶった切りたくなるんだよねえ。


「新宿のゲーセンにインベーダーゲームが入荷したそうだ」


「マジっすか!? 行ってきます!」


 それを聞いては無視出来ない。俺は降り始めた東京タワーを躱したり傘でいなしたりしながら、駅に着くと、モノレールや地下鉄を乗り継ぎ、新宿駅ダンジョンを踏破して、駅前のゲーセンに滑り込んだ。


 ラッキーな事にゲーセンは空いていた。平日の午後、しかも外は東京タワーが降っているのだから、当然と言われれば当然なのだが。ソレでもインベーダーゲームは人気で、筐体の周りを様々な種族が取り囲んでいる。


「お、来たな」


「おいーっす」


 ゲーセン仲間たちがボクを温かく迎え入れてくれ、インベーダーゲームの筐体前を空けてくれた。これはインベーダーゲームの筐体が地球型の人間にアジャストして造られているから、まずはボクのプレイを観察して、自分たちの身体でも出来るのかを見極める為だ。ボクへの気遣いとか親切心では決して無い。


 まあ、そんな事はどうでも良いんだけどね。ボクは椅子に座って筐体に百円玉を入れると、ゲームを始める。結果はそこそこだ。名古屋撃ちなんて無理である。こちらの防御用ブロックを削られ、途中でやられてしまった。


「あ〜あ。これで地球は滅んだな」


「いや、ボクがこの百円で復活すれば!」


 と追加で百円玉を投入。周りからブーイングを浴びるが仕方ない事だ。テレビやネットで最近話題になっている観測者なる人物によると、こちらでの一挙手一投足が向こうに残された地球に様々な影響を与えているそうだ。それこそ、インベーダーゲームでやられたばかりに、向こうの地球が実際にインベーダーの襲来を受けて、滅亡する可能性だってあるのだ。ならば百円なんて安いものだ。


「ふう」


 五プレイして満足したボクは、周りの仲間たちに席を譲って応援に回り、あーだこーだと盛り上がっているうちに、外の天気は機嫌を直したのか、晴れて月ばかりを見せている。しかも縦横無尽に夜空を駆ける月が五十個も百個もあるせいで、夜だと言うのに外が明る過ぎだ。そんな月を最後の一つになるまで狩猟神たちが弓で射ってゆくのを見物するのも、新しく生まれ変わった東京の風物となっていた。


 月が一つになる前に家に辿り着いたボクだったが、待っていたのは親の説教。結局午後の授業をフケたのはバレていたのだ。親の説教は神様の説教よりも恐ろしいと思った日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奇妙奇天烈雨霰 西順 @nisijun624

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説