エピローグ(2)


 師匠と少年は、ダンジョンの入り口をくぐる。

 しかし彼らは探索者村には目もくれず、そのまま階段を降りていった。


「っと、また罠の姿が変わってるね」


「そういえばそろそろ更新するって行ってましたね」


「普段は雑なのに、こういうところは妙にマメだねぇ……」


 彼らの前には、トラップエリアがあった。

 トラップは天井を地面から突き出すやりを重ね合わせたものだ。


<シャキン><シャキン><シャキン>


 槍の出し入れには一定のパターンがある。

 少年はよくよく床を見る。

 すると、槍が出ていない床が前に進むように見えた。


「基本的なやつですね。安全なタイミングを間違えると串刺しになるやつです」


「あー……これはリズム感が必要になるやつだね」


「師匠ってこういうの苦手ですか?」


「踊りや歌は、見たり聴くのは良いんだけどね」


「じゃあ、しっかりついてきてください」


「あぁ。これはあんたの専門だからね。任せるよ」


 少年はトラップエリアの前に立ち、目を閉じる。

 耳をませて槍の音を聴いているのだ。


(シャシャシャ・トン、シャ、トン、シャシャ、か)


「行きます」

「頼むよ……」


 少年は足を前に踏み出し、槍の林を歩き出した。

 そして時々立ち止まり、床が安全にならないフェイントをかわす。


「……トン、シャ、トン」


 このトラップエリアを作ったものは悪辣あくらつだ。

 前に進むだけではなく、何度か横に避難しないと槍に貫かれる。


 しかし少年は事もなげに槍をかわして、着実に前に進む。

 そして数分のうちに対岸についた。


「これ……人によっては無理ってタイプの罠ですね」


「アンタがいないと、まるで通れる気がしないね」


「父さんに言っておきます」

「頼むよ」


 彼らはトラップを抜け、見覚えのある場所に到着した。

 爺部屋だ。


 少年は全身を使って両開きのドアを押し開ける。

 そして中で何かの作業をしていたリッチに親しげに話しかけた。


「おじいちゃん、今戻りました!」


「おお、待ちかねたぞ!! 何とも無かったか?ケガはないか!?」


「はい、師匠が守ってくれましたから!」


「ほうほう……やっぱり危ない目にあっとるじゃないか!」


「いえいえ、ちゃんとスキルは間に合いましたし」


「そういう問題ではない! やはりこの自動迎撃式絶対霊的防御装置を……」


「キュイ~?」


「ヒトリンを武装させないでください。潰れちゃいますよ」


「ぬぬ、それもそうか」


「過保護すぎる、ってこともないね。今回はちょっと危なかった」


「むむむ……お主がついていながら!」


「師匠、おかえりなさ……うわっ! どうしたんすかそれ!」


「全部返り血だよ。あたしのじゃない」


「師匠がスーツを汚すなんて……」


「小僧が近すぎてスキルが使えなかったからね。無理やり処理したんだ」


「ん……おかえり。元気そうで何より」


「あれ、ナナさんも来ていたんですか?」


「うん。ラレースの手伝い」


 そういってナナはうなずいた。


 妙齢の女性……かどうかは気ぐるみのせいでまるでわからない。

 彼女は原色に染められたカラフルな鳥のキグルミを着ているからだ。


 彼女の表情を伝えるのは、きぐるみから除いている目だけだ。

 しかし、歩く度に頭に生えている冠羽根が楽しげに揺れている。


 このことから機嫌が悪くないことだけは少年にも察せた。


「ナナもおっきくなったよなー」

「だね」

「そのわりには、師匠はいつまでも変わんないんだよなぁ……」

「この汚れにツルハシ、あんたの分も足そうか」

「冗談です。」


「おじいちゃん、これが依頼の品です」


「おお、待ちかねたぞ。うむ……確かにぬえのキモじゃな」


「何に使うんだよこんなの」


「これは鵺の虎肝とらぎもという。滋養をつける妙薬になるのよ。」


「へー」


「それはそれとして、ようやくだね」


「ええ、あいつが――鵺はこの辺にいるはぐれの最後の一頭でしたからね。これでようやく夜も地上を歩けるようになりますね」


「よそから新しいのが来なけりゃね」


「そうなったら師匠と息子に頼みますよ。息子のほうが絶対俺より強いんで」


「伝説の男が弱気だね」


「そんなの、酒のつまみに周りが盛り上げただけですよ」


「ちがいないね。そういえば、勇者の件はどうなってるんだい?」


「2年前のインド、そして去年のヨーロッパでの出現を最後に音沙汰なしですね。ついに自分の自我を使い切ったのかもしれません」


「そうかい。これで終わりだといいけどね……アルマは?」


「静かなもんですよ。」


「あんたが呼んだら答えるんだろ?」


「ですね。ただ――」


「ただ?」


「なんていうのかな……見守るに徹してる。そんな気がします」


「なるほどね。近いものから本物になりつつあるわけだ」


「?」





まるで先のない思考空間の中に、私たちがいる。

あるものは微笑み。

またあるものは恐れおののいている。


私たちは一つだが一つではない。

そうであるが、ない。

ゆらぎを持って思考空間の内にある。


自分が自分であることを知ったその瞬間。

他人が現れる。


私が一つの宝石だった頃に戻れば

きっとこの私であり私でないものは消える。


でもそうはしなかった。


私の中は彼らのようにつながっている。

意識とは一つではなく

複数の個体との関係をもって成り立つのだろう。


私たちがどこに向かうのかはわからない。


旅路を終え、ここで何を果たして、何を諦めるのか。

何もわかりません。

ただ、進んでいます。


あなたとの約束のままに。

私たちは生きています。

あなたたちと同じように。



ダンジョンの奥底で赤い宝石は歌う。

ただ、そこにある。

ただ、それだけのことを讃えて。








※作者コメント※

これにてツルハシの物語はいったん完結でございます!

51万字の長きにわたり、お付き合いのほどありがとうございました!


続けようと思えばまだまだ続けられますが、50万字という区切りのいいところで一旦終了とさせていただきます。


当初の予定では10万字、ミラービーストのあたりで終わる予定だったんですが、せっかく伸びたし続けるかー。とおもったら思った以上に続きました。


いやぁ本当にありがとうございました。

望外の喜びです。


ついでですが、次回作はじまりました。

タイトルもキャッチコピーもふざけてるのに、しっかりディストピアってます。

シリアスとギャグの多重人格で

読者の脳を破壊するのが目的の一作となっております。


『【契約血清】サキュバスになった俺と、モン娘たちの戦闘日記。』

「サキュバスになっちゃった…… でもオレ、男なんだけど?!」

下記URLにて公開中です!

https://kakuyomu.jp/works/16817330665449312198



ーおまけの補足ー

問 アルマ、結局何になったの?

答 人類の「保険」になりました。彼女は超記憶&超処理能力を持った上で、人類に愛着を持つ超AIみたいな存在です。人類がうっかり滅んだとしても、レプリカントを生産して人類再生するくらいのことはやってのけます。まぁ、それが本当に人類かどうかはおいておいて。

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ツルハシ一本でダンジョン配信。クソたわけダンジョンをツルハシ一本で開拓したら、バズって伝説になりました。 ねくろん@カクヨム @nechron_kkym

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