エピローグ(1)
かつてオフィスか何かだったビル。その廃墟に師匠はいた。
彼女は手に持った無線機を見て舌打ちする。
画面の無線感度を知らせる表示が最低になっていたからだ。
「やっぱり安物はだめだね」
彼女は面倒くさそうにうめき、ビルの壁に近寄る。
壁には何かがぶつかったか単に風化で、大きな穴が空いている。
穴の断面のコンクリートからは、無数のさびた鉄筋が飛び出していた。
見るものに血管や内蔵を想起させる、生々しい破壊の後だ。
師匠は文明の
もはや見慣れた光景だ。
「これだけ見ると、もう終わってるんだけどね」
彼女は手に持った無線機のアンテナを伸ばす。
すると無線機から、少年の声が飛び込んできた。
『師匠、ようやくつながった……ターゲットは通りに移動したよ!』
「フゥン。
『師匠、どうします?』
「まずは自分の考えを出しな。アイデアは先に出すもんさ」
『えっと……師匠とオレで
「続けな」
『鵺はこの先で待ち受けてる。そしてそこから動かない。いや、動けないと思います。だから別働隊の師匠は、鵺より有利なポジションをとれます』
「悪くないね。……ふむ。もっと具体的な指示が出せるかい?」
『えーっと……』
無線の先から紙をめくる音が聞こえてくる。
恐らく少年は地図を開いて位置関係を確認しているのだろう。
(おもしろいもんだね。やはり親に似るんだね)
『この先に周囲が高いビルで囲まれた場所があります。逃げにくく、見通しが良いので、恐らく鵺はここで待ち受けていると思います』
「私も同意見だね。それで?」
『確かここの通りには、周囲を見下ろすような穴が空いた、監視に適したビルがありました。その穴は妙に大きくて人為的で……多分そこがあいつの狩り場です』
「……なるほど。良い注意力だね。そこに別働隊が奇襲をかけるってわけだね」
『あっはい。そうです!』
「それでいこう。気をつけな」
師匠は無線機を切ると、ポツリと呟いた。
「頭は父親似、戦いに関しては母親似で良かったね」
・
・
・
すると少年の耳に、怪鳥のような鳴き声が飛び込んできた。
<ケェェェーン!>
「……鵺だ。きっと僕を狩り場に呼び込もうとしているな」
少年は立ち上がり、目的とする場所に向かった。
あえて鵺が張った罠にかかろうというのだ。
少年はすべてが灰色になった死の街を進む。
コンクリートの丘を登り、鉄筋の林を抜けた。
やがて、わっと開けた場所が見えてきた。
かつてのビジネス街の大通り。
いまは行き交うものもない、街の残骸だ。
広い道路の上には潰れた廃車がいくつかあるだけ。
ここにはまったく身を隠すものがない。
狩り場としては、これほど都合の良い場所もないだろう。
「師匠の姿がない。……来るのが早すぎたかな?」
<ザッ!>
「――ッ!」
少年は土を蹴る音に反応して、即座にその場を飛び退いた。
次の瞬間、少年がいた場所に巨躯がのしかかって地面をゆらした。
「ケッケッ! ケケッ!!」
巨体は降り立った地面を黒い爪で削り、グロテスクな笑い声をあげる。
――
怪物はサルに似た赤い顔を少年に向ける。
そして口元をぐいっと持ち上げ、これからもて遊ぶ獲物のことをあざ笑った。
「たはー。こりゃ参ったな」
「ケェェーン!!」
鵺は体を曲げて力を溜めると、一瞬でバネのように弾けて襲いかかる。
だが少年は逃げない。
彼は割れたアスファルトを踏みしめて叫ぶ。
「金剛不壊――ランパート!!」
少年の前に金色の光の盾が生まれた。
少年を引き裂こうとした怪物の爪が、光に深く食い込む。
鵺は盾を引き裂こうとするが、爪が食い込んで離れない。
「悪いね、遅れた!!」
「ケェ?!」
鵺の頭上に純白の何かが落ちてきた。
師匠だ。
彼女は剣を逆手に持ち、ビルの上から飛び込んできたのだ。
剣は鵺の
「ケ、ケ……ケェー!」
苦悶の声をあげる鵺は、蛇の尾で師匠を食いちぎろうとする。
だが師匠は尾を素手で捕まえると、そのまま力任せにひきちぎった。
「わぁ……」
「往生しな!」
師匠は剣の柄頭に何度も拳を叩きつける。
すると鵺の頭蓋に食い込んでいた剣の刃が傾いていった。
彼女はカボチャを切るように、ゴンゴンと刃の背を叩く。
そして力ずくで鵺の頭を引き裂いて脳髄を掻き出した。
モンスターといえ、鵺も生物だ。
脳や脊髄を断ち割られると、さしもの怪物も動かなくなる。
師匠は剣を引き抜き、鵺の毛皮で血と脳をぬぐう。
白無垢のスーツは、胸のあたりまで鵺の血で真っ赤になっていた。
「……少し
「い、いえ……」
少年はこの戦いを見て、そういった学びを得た。
「相変わらず、師匠の戦い方って豪快ですね……」
「そうかね? 皆こんなもんだったよ」
「本当ですか?」
「……おっと、本当のことを教えるのもあまり良くないね」
「はい?」
「大人はちゃんとしているようで、適当に戦ってるのさ」
「まぁ……父さんを見ればそれは何となく」
「そうだったね。あれは見習わないほうがいいよ。あれはアレンジだけでこなしていく。ああいうのができるのは天才だけだからね」
「そうなんですか?」
「そうなのさ」
師匠は鵺の腹に剣を突き立てると、その
まだほんのりと温かいそれを師匠はビニールに包んだ。
少年は怪物の解体を見て、若干引き気味になっている。
それを見た師匠はフフンと笑い、少年に包みを手渡した。
「ほら、ジジイに持って帰ってやんな」
「は、はい!」
「さて、アンタの初の依頼が成功した事を祝って――」
「ダメですよ、拠点に帰ってからにしてください」
「はいはい。」
(そこは似なくても良かったんだけどねぇ……)
拠点といったが、2人は銀座には向かわなかった。
そのかわり、海の方――
浜離宮ダンジョンへと向かった。
・
・
・
※作者コメント※
再掲です。
次回作はじまりました。
タイトルもキャッチコピーもふざけてるのに、しっかりディストピアってます。
シリアスとギャグの多重人格で
読者の脳を破壊するのが目的の一作となっております。
『【契約血清】サキュバスになった俺と、モン娘たちの戦闘日記。』
「サキュバスになっちゃった…… でもオレ、男なんだけど?!」
下記URLにて公開中!
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