焼け木杭、未だ燃焼中

「先輩、半年ぶりですね」

「もうそんなに経ちますか」

「そうですよ。こんなに長いこと何してたんですか」

「何って、娘の顔を眺めておりましただけですが」

 

 久しぶりの国王陛下との謁見。私の腕の中には、生後半年の赤ん坊。


「おお、可愛い娘だ」

「私とマリーの子です。可愛いに決まっているではありませんか」


 ええ。この2年、中々夫婦の時間が思ったように取れないものだから、夜だけはとイチャイチャしていたら、娘が生まれました。私も妻もビックリだ。


 40も半ばになって、まさか子を授かるとは思いもしなんだわ。特に妻は初産。心配したが、無事に娘を出産し、母子共に健康であります。


「いやー、先輩もやることはやってたんですね」

「言い方!」

「だって、孫より若い娘とか……」

「そんなの貴族ならよくある話でしょう」

「いやいや、大事なのはそれが堅物と言われたエドワード卿だってことです。数年前には誰も想像してませんよ」


 堅物で悪かったね。


「いや、何にしてもめでたいことです。それにマリーの娘だ、将来は美人さん確定ですね」

「当然です」

「ウチの孫の嫁に……」

「やらん!」


 絶対言うと思った。私がそうであるように、国王ブライアンも既に孫のいるお祖父ちゃんである。


 実は2年前、私がマリーにプロポーズしたあのパーティーの最後に、サプライズで王太子妃の懐妊が発表された。しかもコイツが勝手に人の婚約を発表した後にだ。完全に私とマリーが前座扱いではないかと、あのときは憤慨したものだ。


 その懐妊した子というのが、今話に出ている彼の初孫にして王孫である。

 

「俺の孫ですよ。絶対にカッコいい男になる」

「陛下の嫡孫にございますれば、隔世遺伝で陛下の悪いところばかりが凝縮されていないか、今しばし成長を見守りとうございます」

「よろしい、ならば戦争だ。我が孫を愚弄する不敬の極みの侯爵家を取り潰してくれよう」


 望むところだ。そんな脅しごときで娘はくれてやらんぞ。


「もう……絶対お似合いですよ。年も2歳差、ちょうどいい」

「何がちょうどいいんですか」

「先輩とマリーも2歳差。ここで婚約しなくても、いずれ学園で出会い惹かれ合う二人、なんてことになるわけですから」

「よろしい、ならば戦争だ。生まれたばかりの我が娘を歯牙にかけんとする悪辣非道の愚王を成敗してくれん」


 その愚王に30年近く仕えていたのはどこの誰ですかーと言う声が聞こえるが、空耳だな、うん。


「ちょっと先輩。親バカが過ぎますよ」

「親バカで結構。子を愛おしく思わぬ親などクズである」


 陛下はジョンが聞いたら泣くぞとからかいますが、アイツは嫡子としてキチンと愛情を持って育てました。だが娘は別であります。年老いてから生まれたので尚更であります。


「はぁ〜、まあ婚約の話は冗談だから聞かなかったことにしてください」


 いや、全然冗談に聞こえませんでしたがね。無かったことにというのなら遠慮なく。


「ところで、名前をまだ聞いていませんでしたね」

「ルーシー、でございます」

「その名前は……」

「マリーが決めました。ホントにいいのかと問いましたが、彼女のおかけで結ばれた縁だからと……」


 自己満足かもしれないが、名前に込めた意味を娘が感じ取れる頃、その想いを受け継いでくれることを願い付けた名前。


(ルチア、苦情はあの世に行ってから聞くからな)


「それで先輩、これからどうするんです?」

「どうするとは?」


 ルーシーがもう少し成長したら、領地に戻るつもりですが?


「は? 未だに隠居生活するつもりだったので?」

「実際隠居ですから」


 あ、なんか碌でもない事考えてる顔だな。


「私に何をやらせようと?」

「さすがは話が早い。実はね、首席監察官のポストに空きが出ちゃいまして。誰彼構わず任命するわけにもいかなかったのですが、先輩なら適任だ」


 監察官とは事務その他の遂行を監督査察する専門官。要は官僚が不正しないでちゃんと仕事しているかを見る役職だ。実務はそれほど多くない分、常に見張っていろと言う仕事だ。


「忘れてませんか? 私は既に引退した身ですよ」

「あのときとは状況が違う。美しき妻と可愛い娘がおる。彼女らを養うためにも、仕事をバリバリこなすカッコいいお父さんの姿を見せれば、情操教育の一環になりますよ」

「だからって何もそんな重要な役職に就けなくても……」


 ヤダよ。隠居してマリーとルーシーを連れてのんびり生活するんだよ!


「いいのかな〜、ルーシーが大きくなった頃、『ウチのパパは仕事もしないで毎日ダラダラしてます!』なんて言われますよー!」

「ぐはっ!」

「ハイ決定。辞令は後で用意しますね」







「はぁ〜、隠居したはずなのに、何でこうなった……」

「エド、そんなことを言わないの。まだまだ必要とされている証ではありませんか」


 邸に戻り、マリーに王宮での件を話すと、いい話ではありませんかと言う。


「そもそもエドは隠居するにはまだ早いのです。バリバリ働けるうちが華ですよ」

「だぁ〜うぅ〜」


 マリーの声に呼応するように、娘が何か言っている。

 お父さんと遊びたいのか?


「違います。ルーシーもパパ仕事しなさいと言っているんですよ」

「ホントにいいのか? このまま都におると、ルーシーを嫁にって話があちこちから舞い込んでくるぞ」

「よいではありませんか。私は30年近く待たされたんです。ルーシーを同じ目に遭わせたいのですか」

「だぁ〜だぁ〜」


 ルーシーが声を発するタイミングが良すぎて、ホントに「そうだそうだ」と言っているように聞こえてくるな。




 やれやれ、皆に火をつけられたら、予想以上に燃え盛って隠居どころではなくなったか……


 この焼け木杭、娘の花嫁姿を見るまで消し炭となるわけにはいかないようだ。



◆ ◆ あとがき ◆ ◆

これにて完結でございます。

短いお話でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。

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隠居したら焼け木杭に火をつけられた 公社 @kousya-2007

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