栄光の光は巡る【なずみのホラー便 第158弾】

なずみ智子

栄光の光は巡る

 いったい、どういうことなんだ?


 死後の世界の受付たちは面食らい、ざわつかずにはいられなかった。

 自分たちが保有しているデータベースによると、たった今、”ここ”へとやってきた男が浮世で過ごした年数は、約75年間となっている。

 しかし、当の男の年齢は、どうみても20代半ばでしかない。

 

 アバウトな憶測であるも、この男が「わしは75歳じゃが、この魂はまだまだ若いモンには負けんわい!」といった非常にアグレッシブな爺さんであったがゆえに、肉体を離れた後はその魂そのものの若さが反映された状態で”ここ”へとやってきたのであろうか?

 だが、それなら、データベース内の生年が現在(西暦:2024年/和暦:令和6年)から75年前の「西暦:1949年/和暦:昭和24年」となっているはずだ。

 けれども、データベース内の生年は「西暦:1999年/和暦:平成11年」と、しっかり25年前だ。


 50年、半世紀ものタイムラグ。

 しかも、この男は普通ではない死に方をしている。

 なんと2人の未成年の少女とラブホテルで情交中に口論となり、彼女たちが普段からリストカット用に持ち歩いていたカッターナイフで首の頸動脈を中心に幾度も切り付けられて死亡していた。

 

 未成年淫行の罪を咎め、罰を科すのは”ここ”がする仕事ではないが、その死に様にこそ奇妙なタイムラグを解く鍵が隠されているとしか思えない。

 そう考えた受付一同は、男を別室に連れていき、取り調べることにした。

 取り調べには、紳士的な性格で聞き上手のうえ、浮世の事象に関しても豊富な知識を保有している、通称・仏の三毛(みけ)さんがあたることとなった。



※※※



 別室で三毛さんと二人きりになった男は、憮然とした顔のまま黙りこくっていた。

 これは無理に聞き出そうとしても逆効果でしょうね……と察した三毛さんは、男が話したくなるまで待ってやることにした。

 やがて、この優しい沈黙に耐えきれなくなったのか、それともすがりつきたくなったのか、男は口を開き始めた。


「……取関綱志(とりぜき つなし)って奴、知っていますか?」


「え? ……あ、ああ、はい、知っていますよ。浮世で今、とても人気のある俳優さんですよね。1年ぐらい前から急に人気が出始めて、芸能界で今やまさに飛ぶ鳥を落とす勢いの方だと存じ上げております」


 なぜ、唐突に存命中の人気若手俳優の名前が出てくるのか分からなかったが、三毛さんはそのまま男の次なる言葉を待った。


「……俺とあいつ、高校時代の同級生だったんですよ。といっても、そんなに親しいわけじゃなくて……他の奴らも交えて1、2回話したことがあるぐらいで、お互いの連絡先も知らない程度の知り合いというか何というか…………」


 そう言った男は、数秒ほど黙りこんだ。

 やがて、こうなってしまった以上、もう隠し続けても仕方ないと観念したように続けた。


「……でもね、マッチングアプリや街コン、相席屋であいつの名前を出すと面白いぐらいに女の子たちが食いついてくるんです。さすがに出会った女の子たち皆が皆ってわけじゃなかったけど……。あいつに少しでも興味がある女の子なら、百発百中といった感じで落とせましたよ。同じ高校に通っていたのは事実だし、あいつが写っている卒業アルバムだって持っているし、それに俺は特別な”切り札”を……高校の文化祭の時に当時のダチたちと撮った写真にあいつも一緒に映っていて、しかも運良く俺のすぐ隣といったポジションだったから、『俺、実は俳優の取関綱志とは高校時代からの大親友なんだ』なんて言って、スマホに入れている写真を見せると、笑えてくるほどにパアアッと目を輝かせてくるんです。俺を通じて、取関綱志に会えるかも、取関綱志と付き合えるかも、はたまた取関綱志と結婚までいけちゃうかもとか、バカな夢見てたんでしょうかね。……鼻から相手にされるわけがないのに」


 男の話を聞いた三毛さんは、いくら「仏の三毛さん」と仇名されている身とはいえ、内心憤りを感じずにはいられなかった。

 「鼻から相手にされるわけがないのに」とも言ったが、この男自身も取関綱志の名前を出さなければ、女の子たちに鼻から相手にされなかったかもしれないのに。

 そして、この男のケースは、心理学でいう「栄光浴」に該当するのだとも。

 社会的評価の高い人を知っている、その人と繋がっているとアピールすることで、この男は自身の評価までをも高めていたのだ。

 いや、単に高めていただけならまだマシだったのだが、この男は他人の人気と知名度という光の中にドップリと浸りきったまま、女の子を落とし……つまりは性的に食い物にし続けてきたのだと。


 その結果が、前述した死に様に繋がるのだろう。

 どういった経緯で、リストカット歴があるうえに人をカッターナイフで切り付けて殺害することにも躊躇しない未成年の少女二人と知り合い、ラブホテルで3P……もとい、いかがわしい行為に及ぶに至ったのかまではまだ不明だ。

 しかし、その経緯の入り口において、『俺、実は俳優の取関綱志とは高校時代からの大親友なんだ』という、光輝く極楽へと繋がっているように見せかけた”蜘蛛の糸”(実は三毛さん、芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」も読んだことがあるのです)をこの男は得意気に垂らしていたに違いない。


 呆れ返るばかりであったが、死に至るまでの大体の事情は掴めた三毛さん。

 けれども、事情は掴めても肝心な点は不透明のままだ。

 ”他人の褌で相撲を取り続けた男”の今の供述が、50年ものタイムラグにどう繋がるというのか?


 三毛さんは男に問う。

 聞き上手であるうえ、訊き上手でもある三毛さんは、わざと会話の切り口を変えて男に問いかけたのだ。


「先ほど”面白いぐらいに女の子たちが食いついてくる”とおっしゃっておりましたが、そこら辺の話を詳しく聞かせてもらえますか。具体的にはどのような成果をあげていたのですか?」


 男の目に輝きが戻ってきた。

 自慢できるとでも思ったのだろうか?


「あ、えーと……やっぱり引っかかった女の子の大半はすぐヤラせてくれるってことですね。食事代やホテル代も向こう持ちでいろいろしてくれる女の子だっていましたよ。俺が高価な家電やブランド物を欲しがるそぶりを見せると、ちょっと無理してでも貢いでくれようとしたりね。取関綱志に会いたい一心で、俺にまで尽くしてくれるんだから、悪いなと思わないでもなかったんですけど……でも、芸能界にいるあいつは一般人とは桁違いに綺麗で可愛い女の子たちと日常的に顔を合わせているうえ、あいつもあいつでヤリまくっているだろうから、同級生のよしみで俺にもちょっとぐらい、そのおこぼれを分けてくれたっていいだろとも思ってたんです。今のあいつはまさに人気絶頂といった感じだけど、それだって永久に続いていくものではないし。芸能界は浮き沈みが激しいらしいし、あいつがいくらイケメンとはいえイケメンなんてそれこそ芸能界には吐いて捨てるほどいるだろうから、一年後もあいつの人気は今のままなんて保証はどこにもないし…………だから、俺は”同じ一年を繰り返す”ことにしたんです」


「……? ”同じ一年を繰り返す”とはどういうことですか?」


「えーと、いわゆるタイムループってやつですよ。まさか、俺の人生でこんなことが起きるというか出来るなんて、思ってもみなかったんですけど。タイムループするなら、あいつが人気急上昇から人気絶頂に上り詰めたこの一年間こそが、一番お得な時期だと考えて……本当にいろんな女の子と遊べましたよ。中には相手が妊娠してしまったり、ヤバい人の娘だったりとかしたケースもあったんですけど……タイムループすれば全てチャラですからね。なお、都合が良いことに同じ時間を巡り続けても、タイムループ中の記憶だけは残っていたんで、ヤって飽きた女の子や裏社会とのつながりのある女の子は次のループで避ければいいって事前に分かっていましたから……。でも、最後の2人組はしくったなぁ。未成年だったばかりか、揃いも揃って、あんな猟奇系メンヘラだったとか誰も想像できませんよ」


 男はフーッと息を吐いた。


「それに、あまりにもタイムループし過ぎたから、自分でも何回タイムループしていたのも正確に覚えていないんですよね」


「……五十回ですよ。あなたは五十回も同じ一年を繰り返していたんです。五十年もの時間を無駄に……くだらないことに費やしていたんです」

 

 通称・仏の三毛さんとはいえ、声を荒げずにはいられなかった。


「五十年も生きられず、”ここ”に来る人たちだっているんですよ! 各々が持って生まれた能力や才能にも左右されますが、五十年もあれば人間どれだけのことが出来ると思っているんです!? それなのにあなたは、よく五十年も他人の褌で相撲を……いえ、他人の褌をつけたまま腰をヘコヘコと振り続けて……このド阿呆めが!!!」



(🕷完🕷)

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