怖い話『タクシー』

寝る犬

タクシー

 先週の金曜日の話です。

 仕事が長引いて終電もなくなり、仕方なくタクシーでも拾おうかと会社を出ました。

 職場は繁華街もある駅なのでタクシーはたくさん止まっていたのですが、乗り場にはちょっと引くくらいのタクシー待ちの人たちが並んでいて、私はあきらめて歩き始めました。

 家までは3駅。

 最悪歩けない距離ではありません。

 途中で空車のタクシーを拾えれば御の字。

 翌日が休みだったこともあり、私は楽観的にそう考えていました。

 しばらく歩いた後、ふとコンビニを見るとエンジンのかかったままのタクシーが止まっています。

 駐車場の隅でタバコを吸っていた運転手らしきおじさんに「乗れますか?」と聞くと、おじさんはすぐにタバコを消して「いいよ」と運転席に戻ってくれました。


「すみません、休憩中に」


「いやいや、若い女性が夜中に歩いて帰るのは物騒だからね」


 乗り込みながらそんな会話をして、ドアが閉まります。

 行き先を聞かれる前に、車は走り始めました。

 どちらにしろ目の前の道は中央分離帯を越えられないので、左にしか進めません。

 走りながら行き先を聞かれるのだろうと、なにも違和感なく、シートベルトを締めました。


――ドンドンドン!!


 とつぜん、コンビニの中から走ってきたワイシャツ姿のおじさんが、一時停止していたタクシーに飛びつき、私の座っている後部座席の窓を、ものすごい勢いでたたき始めました。


「おい! 降りろ! 俺のタクシーだぞ!」


 ドアノブを持って開けようとしているようですが、運転手さんがロックをかけてくれていたらしく、ドアは空きません。

 運転手さんは少し嫌な顔をしましたが、そのまま道路に出て速度を上げました。


「お客さん、大丈夫?」


「……びっくりしましたけど、大丈夫です」


「この時間はタクシー取り合いだからね」


「酔ってたんですかね」


「たまにいるんだよ、乗り場で横入りしたとかで怒り出す人」


 その後、自宅の住所を聞かれ、あまりこの辺に慣れてないという運転手さんは、ナビを使って道路を順調に走ります。

 信号待ちで止まった時、運転手さんは思い出したようにダッシュボードから名刺を取り出しました。


「あ、そうだ。何もないとは思うけど、一応名刺渡しておくね。今日のことで後日体調が悪くなったとか、壊れてたものがあったとか、何かあれば連絡してね」


「あ、いえ、本当に大丈夫ですよ」


「まぁ一応規則だからさ。あと会社にも報告しなきゃいけないから、名前と住所と電話番号教えてほしいんだけど」


 個人情報を渡すのはちょっと嫌でしたが、会社の規則ということなので、渡されたペンとメモ帳に名前と住所とスマホの番号を書いて渡します。

 運転手さんは「Sちゃんね」と私を下の名前で呼ぶと、メモ帳を胸ポケットにしまい、走り出しました。


「前のタクシー! 止まりなさい!」


 しばらく走り、家が近くなったころ、突然後ろからパトカーがサイレンを鳴らして追ってきました。

 運転手さんは表情を変えずにそのまま走り続けます。


「止まらなくていいんですか?」


「……」


 返事もないまま進み続けるタクシーでしたが、やがて合流してきた別のパトカーに挟み撃ちされる形で、道路に止まることになりました。

 警官が数人走り出て、運転手さんと私に外に出るようにと告げます。

 何が何だかわからないまま、私は外に出て、運転手さんも警官につかまっていました。


「大丈夫ですか? お名前は?」


「K田S美です」


「タクシーを運転していた男とはどのような関係ですか?」


「え? いえ、ただの運転手さんで、さっきコンビニで会ったばかりですけど」


 私の答えを聞いて、婦警さんは何とも言えない表情をしていました。


「いいですか、あの男はタクシーの運転手ではありません。トイレに駆け込んでいた運転手のすきをついて、タクシーを盗み出したんです」


 その言葉を聞いて、私はタクシーのドアをたたいていたおじさんの言葉を思い出しました。


「おい! 降りろ! !」


 運転手だと思っていた人は、その後、複数の女性にストーカーをしていたのが発覚し、今は拘置所にいるそうです。

 私は住所から電話番号まで、すべての情報を教えてしまったことにぞっとして、そのあとすぐ電話番号を変え、今は引っ越し先を探しています。


――了

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