第13話 最終章

 会社の先輩、つまり蔵人の紹介の仲立ちになってくれた人から、

「この間紹介してもらった人、行方不明になったんですって」

「えっ? この間?」

「覚えていないの? 先月のことでしょう」

「えっ、この間のことですね」

 と、言葉を濁していたが、ただ忘れていたかのようにだけ振る舞った。

 まったく記憶から消去されているので、話を合わせるしかない。正直に他の人に話しても、記憶から消えていることを信じてはもらえないだろう。

 自分の消えてしまった記憶を中途半端にしか知らない人に聞く気にはならない。消えてしまったものを。また穿り返すのも、億劫でしかないからだ。

 梨乃はかなり疲れが溜まっていた。その理由についてはまったく心当たりがない。

 ただ、頭の中に、何か半分、スッポリと消えてしまったものがあることを分かっている。その分、疲れとなって蓄積しているようだ。

 梨乃は、この疲れを、薬の副作用だと思っている。それは口から飲んだ薬ではなく、今まで身体に蓄積してきた悪い菌を殺すために使った、自分の中にある精神的な「薬」。それが何であるかは、記憶から消えてしまったものがどれほどあるのか分からないことで想像もつかない。

 副作用は、半分ずつ梨乃の中の肉体的なことに、そして、精神的なことに影響している。ただ、精神的なことの方がかなりの要素を含んでいると思っているが、肉体的なことと、精神的なこととでは、元々比べるレベルに大きな違いがある。したがって、梨乃は半分ずつだと思うようにしているのだ。

 実際に飲む薬の副作用は、梨乃の身体には敏感に作用してきた。それは身体が素直に反応するからだと思っている。

 今回の自分の中にあった副作用に対しても、素直に反応していることだろう。副作用を受け入れたから、記憶がなくなってしまったのか、それとも、記憶を失くすこと自体が、副作用の影響なのか、どちらなのかも分からない。

 ただ、記憶を失ったということだけは分かっているのだ。

 まるで尻尾から自分の身体を飲み込もうとしているヘビのような気持ち悪さを感じた。

――最後には一体、どうなってしまうのかしら?

 そんな思いが、今の梨乃にはあるのだ。

 今はまだ副作用の影響を受け続けている。

 どこまで続くのか分からないが、梨乃は今、頭の中にある意識として、

 夜の薄暗い中で椅子に座って人を待っている。そこに一人の女の子が現れ、こう聞いてきていた。

「占ってください」

 その人は、見たことのある顔で、真剣にこちらを見つめている。

「あなたは、これから占いに関わることになるでしょう」

 と、答えている自分を想像していた。

 だが、想像した瞬間、そこから先は占った自分が、記憶の中から消えていくのではないかと思えてならなかった……。


                 (  完  )

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半分夢幻の副作用 森本 晃次 @kakku

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