15(終章)

 帰りの電車はそこまで混雑していなかった。ふうりと隣同士席に座って車窓を眺める。夕日が街に紛れて強まったり弱まったりする。繰り返すうち、ふうりはわたしの肩で寝ている。そうしていつしかわたしも夢を見ている。

 窓辺で手紙を読んでいたはずの彼女が、同じ窓辺で手にしているのはあの青い皿だ。陽に透かしながらその表面を愛おしそうに眺める横顔が、心なしふうりに似ているような気もする。何百年も前の光景のはずなのに、わたしにはそれがどうにも未来の記憶のように思えてならない。言葉もなく眺め続けるうち、彼女がふいに手を動かし、皿を裏向けにしようとする。その時、開け放たれた窓から風が吹き込み、カーテンが彼女の手元を隠してしまう前に、わたしはどうにか手を伸ばし、布端を掴む。隔てられた空間を再び繋ごうと勢いよく開け放つ頃には、風はとうに止んでいる。そうしてわたしは知る。驚いた顔で下方を見つめる彼女の手には、もうなにも持たれてはいない。そこにあったはずの青い皿は、気付けばもはや見る影もなく、破片となって床に散らばっている。もう一度手を伸ばす。指先に、冷たい破片が触れる。そっとつまみ上げる。割れて鋭利になった輪郭が、陽に照らされてこの上なく輝き出す。わたしはその輝きに触れようとして、しかし触れられるわずか手前で背後で物音がする。わたしの目は音を追う。見ると、室内にはもう彼女の姿はない。

「着いたよ」

 ふうりの声で目が覚める。見上げると、電車は既に最寄駅のホームに入っていた。ふうりに腕を引っ張られるようにして立ち上がる。電車を降り、改札までの緩いスロープを並んで下りゆく。

「かえろう」

 鼻歌混じりにふうりは言って、わたしの手を取ると、繋いだ腕と腕とをぶらんこのようにゆったり揺さぶり始める。されるがままになりながら、わたしは見つめる。終わってしまった永遠の向こうの、それもまた永遠と呼ぶべきなにかを見つめる。日々は終わる。想いは終わる。そうして失われゆくものの先にあるはずの、なにかを見つめようとする。

 そうでしか生きられやしない。ため息のような笑いを吐く。夕日が沈みゆく。改札が徐々に近付く。繋がれたふうりとわたしの手が、すんなりと離れる。







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陶の夢 有谷帽羊 @bouyou

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