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ふうりはお腹が空いていたのか、席に案内されるとすぐにサンドイッチを注文し、運ばれるなりそれを片手にスマホをいじり始めた。ぱくぱくと軽快なリズムで食べ進める姿を眺めながら、わたしもコーヒー片手にスマホを開き、ブラウザを立ち上げる。
先ほど検索した「Delft」を再び入力し、画面をスクロールしていくと、「フェルメールの生誕地」との一文が目に留まる。フェルメールが画家だということくらいは思い出せるが、どんな絵の作者かまではわからないので、「フェルメール」で画像検索すると、一番初めに表示されたのは『窓辺で手紙を読む女』という作品だった。
わたしはこの絵を知らないが、そこに描かれた室内のタッチを見れば『牛乳を注ぐ女』と同じ作者のものだということくらいは想像が付く。なんとはなしに『窓辺で手紙を読む女』を拡大表示したところ、画面下方に果物を載せた皿のようなものが見えたので、さらに拡大して見ると、やはりそれは皿である。円形の大皿で、斜めに描かれているのでよくはわからないが、確かに青い色彩で模様が描かれている。あの青い皿と同じに鮮やかな色をしている。
「ねえ、デルフトってフェルメールの出身地だって」
唐突に声をかけられ思わず肩をびくつかせてしまう。見上げると、ふうりは腕を伸ばしてスマホの画面をこちらに向けている。けれどそこに映っているのは『窓辺で手紙を読む女』ではなく『真珠の耳飾りの少女』だった。「へえ、そうなんだ」と頷きながら、わたしは自分のスマホをテーブルの上に伏せてしまう。
「わたしこの絵好き」
ふうりは画面を見つめながら微笑み、その瞳にはもう先ほど見た青い皿は欠片も映らないようだ。ふうりは見つめている。いつだって未来を見つめている。そして触れる。今日のこの日の世界のあらゆる表面に触れ、その手は明日へ去ってゆく。
この瞬間にいつまでも留まりたいと、願う間もなく時は過ぎてゆく。ふうりがサンドイッチを平らげる時、わたしのコーヒーも底が見えている。店を出て、下りのエスカレーターの方へ並び歩く。ふうりのスマホから通知音が響き、彼女の目が画面に落ちる間、気付かれないようこっそり振り返ってみると、陳列棚の並びの向こうに、点のようではあるがわずかに輝いて見えるのはあの青い皿だ。心にそれを焼き付けるよう、もう一度それを見つめる。消えてしまわないよう色を留める。忘れてしまわないよう、かたちを留める。
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