14

 ふうりはお腹が空いていたのか、席に案内されるとすぐにサンドイッチを注文し、運ばれるなりそれを片手にスマホをいじり始めた。ぱくぱくと軽快なリズムで食べ進める姿を眺めながら、わたしもコーヒー片手にスマホを開き、ブラウザを立ち上げる。

 先ほど検索した「Delft」を再び入力し、画面をスクロールしていくと、「フェルメールの生誕地」との一文が目に留まる。フェルメールが画家だということくらいは思い出せるが、どんな絵の作者かまではわからないので、「フェルメール」で画像検索すると、一番初めに表示されたのは『窓辺で手紙を読む女』という作品だった。

 わたしはこの絵を知らないが、そこに描かれた室内のタッチを見れば『牛乳を注ぐ女』と同じ作者のものだということくらいは想像が付く。なんとはなしに『窓辺で手紙を読む女』を拡大表示したところ、画面下方に果物を載せた皿のようなものが見えたので、さらに拡大して見ると、やはりそれは皿である。円形の大皿で、斜めに描かれているのでよくはわからないが、確かに青い色彩で模様が描かれている。あの青い皿と同じに鮮やかな色をしている。

「ねえ、デルフトってフェルメールの出身地だって」

 唐突に声をかけられ思わず肩をびくつかせてしまう。見上げると、ふうりは腕を伸ばしてスマホの画面をこちらに向けている。けれどそこに映っているのは『窓辺で手紙を読む女』ではなく『真珠の耳飾りの少女』だった。「へえ、そうなんだ」と頷きながら、わたしは自分のスマホをテーブルの上に伏せてしまう。

「わたしこの絵好き」

 ふうりは画面を見つめながら微笑み、その瞳にはもう先ほど見た青い皿は欠片も映らないようだ。ふうりは見つめている。いつだって未来を見つめている。そして触れる。今日のこの日の世界のあらゆる表面に触れ、その手は明日へ去ってゆく。

 この瞬間にいつまでも留まりたいと、願う間もなく時は過ぎてゆく。ふうりがサンドイッチを平らげる時、わたしのコーヒーも底が見えている。店を出て、下りのエスカレーターの方へ並び歩く。ふうりのスマホから通知音が響き、彼女の目が画面に落ちる間、気付かれないようこっそり振り返ってみると、陳列棚の並びの向こうに、点のようではあるがわずかに輝いて見えるのはあの青い皿だ。心にそれを焼き付けるよう、もう一度それを見つめる。消えてしまわないよう色を留める。忘れてしまわないよう、かたちを留める。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る