氷結ガールと消滅ガール

遅延式かめたろう

第0話 一人の氷結ガール

 夜の街はいつでも静かだ。

 外側がレンガで作られたマンションは並べば、どうやらここまで街にお洒落というものを着させられるらしい。

 しかし彼女が普段見るのは、そちらの一面では無くもお洒落さが無い面だった。


「なんておしゃれな言い回ししても、逃げ切れないのにね」


 どこか普通とは離れている水色の髪にピンク色の瞳。

 長く走るときに生まれる風に身を任せて踊っている髪は、少し上側で結ばれていた。

 年齢は17ぐらいに見える少女、霧氷むひょう凍花とうかは夜の街で今日も逃げていた。

 逃げていたと言う通り、彼女は警察達の中では有名人になっていた。


 それがいつからなのか、そんなものは考えたことも無かったが。


(……理不尽のように見えるけど、どうせこの力を見て危険視しているだけでしょうね)


 走りながら自分の右手を見つめる。

 痣が出来ている訳でも、魔法陣が書いてある訳でも無い。

 体には何の印は無い。でもその力を使えてしまう。


 例えば、今ビルの屋上から屋上に移動するとしよう。

 その間は5メートルぐらい。

 助走付きで飛ぶとしたらどうするのか。

 答えはこうだ。


 自分の足元に氷の塊を"生成"する。


 例えば、今自分が走っている直線上に大きな窓があるとしよう。

 一応人間1人分の高さはあるが、このまま突進しても壊れ無さそうな枠組みが使われている。

 しかし今の手持ちには武器というものは無い。

 答えはこうだ。


 予備動作無しで窓を内側からツララのようなものを”生成”させて破壊する。


「ひゅー、温度を下げ過ぎた金属は脆くなるって知っていてよかった」


 ガラスの破片が当たりそうだが、なんとか避ける霧氷むひょう凍花とうか

 足を止めることなく走り続ける。

 

 一体どこでゴールなのかは知らない。

 逃げることが毎日だなと感じてから、どこか体力が付いてきた。

 今もずっと全力で走っているが、息は上がってない。

 いざ自分の状態を考えてみると、そこには不気味さが残っていた。


「はぁ、はぁ、そろそろ限界か?」


 しかしそんな体力お化けでも、いつかは限界というのがある。

 しかしそんなに走ったのだろうかと思い返すと、そういえばここはどこなのだろうか。

 試しにたまたま止まった部屋にあった地図を見てみると、走り始めた場所の隣町の名前が書いてあった。

 これだけ走ったのなら、疲れてない方がおかしいものだ。


 そのまま止まっていても、外の世界は自分をどうも殺すまで気が済まないらしい。

 今も外からバタバタバタとヘリコプターの音が聞こえる。

 それだけじゃない。


 誰かが大声で叫んでる声が聞こえる。

 車が走っている音がする。

 戦車が地面を踏んでいる音が聞こえる。


(やっぱり、私っていない方がいいのかな)


 持っていた地図を地面に落とす霧氷むひょう凍花とうか

 別に自分には味方と言うような人間はいない。

 動物も、猫も昔は一緒にいたのにいつかの時に殺されてしまった。


 どうすればいいのか。

 正しい答えは降参かもしれない。

 けど、自分は何か悪いことをしたのだろうか。


「そんなの、知らないよ。どうして、私ばっかりこうなるのよ」





「私だけ、こうなるのよ‼‼‼‼」


 力強く、床を足で踏む。


 ドンッ


 どんなに強く踏んでも、1人の小さな少女の全力では床は壊れない。

 そう、どこまでいっても自分は無力な少女。

 せいぜいちょっと不思議な力があるぐらい。


「そして、その不思議な力は……」


 そこまで言い、少女は奥歯を強く嚙み締める。

 その瞬間、床に使われた木材は噴火したように立っていく。

 壁紙は凹み、椅子は壊れ、本棚は倒れて書物がばらまいていく。

 

 外からみたらどうなっているのか。

 それは建物が凍った訳では無い。


「……氷に、氷に、


 近くにいた警察官が、震えた声で呟く。

 

 建物は内側から氷に喰われ、原型がギリギリ保られていた。

 しかし本来あったものを知っていたら、それがどれほど悲惨な状態なのか。

 中に人がいたらどうなっていたか、想像するだけでゾッとするものだった。


「……こんなにも、


 それは、殺意などの鋭さでは無かった。

 本当に氷のような、冷たい瞳。

 何を見ても動じない、普通の少女とは思えないものだった。


 どうして自分がこうやって追われているのか、少女はまた知らないまま走って行く。

 自分がいた家からはとにかく離れた場所で、今日も見知らぬ街の中を走っていた。

 

 その氷は空間にあった物質を使って凍らせた"普通の氷"では無い。

 本当に少女が"生成”した氷である。

 正確には、氷に近い何かである。


 温度は低く、個体であり熱に弱く、衝撃を与えればヒビが出来て崩れていく。


「さて、逃げますか」


 少女は元の明るい顔に戻って走って行く。

 建物の隙間を通り、次のビルに移動する。

 少女にとっては簡単なタスクと同じ認識でこなしていく。


 そしてそのまま走って行き、壊れた窓の隙間から予備動作無しで飛び出す。

 自殺する人と同じように自分の身を考えない飛び下り方。

 命綱なんてものは付けず、この後の動きなんて考えては無い。


「いやっほーー!!」


 夜の街に一人の少女の声が響く。

 そのまま氷で出来た滑り台のようなもので、次の場所へ飛び出す霧氷むひょう凍花とうか

 行先もゴール方法も無い。


 それが、氷結ガールである

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