第3話 二人の日常らしい非日常

 それからと言うと、1夜が過ぎて次の日になった。

 しゅうの家が無いと聞いた瞬間、どうやって夜をどうしてきたのか聞こうと思ってしまったが、この少女なら案外大丈夫かもしれない。

 しかし安全な所で寝たい派の霧氷むひょう凍花とうかによって、そちらの家で一夜を過ごすことにした。


 因みに霧氷むひょう凍花とうかは家を持っている派である。

 と言ってもきちんとお金を使って買ったのではなく、誰も住まなさそうな空き屋を借りてるだけだが。


「まさかこの家で平和に複数人で寝ることがあるとは」

「寝具の質が悪かった気がするけど、安全な場所で寝れただけ良しとして」

「仕方ないでしょ。警察に狙われている人が表でも裏でも働ける訳が無いんだから、裕福な生活が出来ることは不可能」


 起きてすぐに体を伸ばす霧氷むひょう凍花とうか

 寝具の質についてはよく分からないが、寝心地はかなり最悪だった。

 なのにここまでの生活を出来ている辺り、どこか歯車が普通とは異なる。


 それは、非日常みたいに。


「あ、朝ご飯は何がいい?」

「逆に聞くけど、いくつかの選択肢があるの?……」

「まぁパンしか無いんですけどね」


 しゅうは呆れた目で霧氷むひょう凍花とうかを見る。

 それじゃあ何故聞いたのかと、けれどこれ以上の探求は不正解のようだ。

 彼女にいたってはいつものルーティンなのであろう、別の部屋に移動しようとしている。

 

 人間は自分の中で一定の動きを決めて、それで自分というのを保とうとしてる。

 そういうのを知っているからこそ、ここは手を引っ込めておく。



 帰ってきた時にはさっきまでとは異なる服と、何やら少し大きめの箱を肩から降ろしていた。

 よく見ると『アイスボックス』と書かれている。


「貴方、氷でも食べる気?」

「本当に限界の生活って知ってる? ご飯を食べれないのもあるけど、入手方法が裏側からというのもあるの」

「氷を、売る?」


 違うんだな、と言うと折り畳まれた地図を渡してきた。

 地図はここら辺の住所を書いてあるらしく、四角でマークされているのは道路からして現在地だろう。

 では、もう一か所の✕マークは?


「それじゃあ準備したら一緒に行くよ。あと、今日の朝食もパン」

「貴方ってパン屋で働いていたの。だからそこの髪だけ白いのね」

「別にパンを作ってる訳じゃ無いよ。って、ここの髪は生まれつきだ! 貴方はいいですよねー、東洋? の方の顔つきで。私なんて目も髪も変な色ですよー」

「……私の目は紫色だ」


 それからと言うと、霧氷むひょう凍花とうかの後ろを付いていくように別の場所に移動した。

 しかしその道は所謂裏道であるため、基本的に薄暗い。

 なんなら地図を貰ったと言うのに、書いてない道ばかりでどうも現在地が掴みずらい。


「こっちの道じゃないとバレるかもしれないのよ」

「それは理解するが、少し遠回りじゃない?」

「まぁそう感じるだろうけど……あ、ちょっと止まって」


 そう言うと、空いている右手を横に上げてしゅうを止める。

 この裏道を気付かれたか、周りを警戒していると上の方から悲鳴が聞こえた。

 大人の男性で、人数は2人ほど。


「……自分を囮にするのも、ちょーっと大変よね」

「いつから気付いていたのよ」

「今日の朝から。今頃足首を抑えているだろうから、今の内に移動しましょ」


 横に上げていた右手を、そっとしゅうの前に差し出す霧氷むひょう凍花とうか

 それはダンスをするときに、異性の相手に差し出す仕草のようだった。

 その顔は笑っており、あの時見せた笑顔を浮かべていた。


 ヒュッ、と一瞬息が止まる音がした。




「それじゃあここで待ってて。数分で終わらせるから」


 そう言うと裏口らしき場所を2回ノックした。

 何故呼ばないのかと聞くと、声でバレるのを避けてるからのこと。

 ここまで生き残っているだけあって、そういう所は片っ端から注意している。


「そんな所が凄いから、ああやって狙われているのか。或いは……」

「ん、どうしたの?」

「……なんでもない」


 そのまま待っていると、ドアから少し大きい男性が出てきた。

 服装からして、このお店の定員だろう。それも飲食を作ってる側。

 霧氷むひょう凍花とうかは軽く話している所からして、信頼していいのだろう。


(警戒はそこまでしなくていい、のか)


 念のため左手は隠している拳銃の触れていると、視線が合う。


「お嬢さん、トウカの友人か? 名前は何て言う?」

「まずはそっちから名乗って。貴方が名乗れば私も名乗るから」


 聞いてきた店員の話し方は優しく、本当の一般人のように見える。

 拳銃に触れさせていた左手は離さずに、話を続ける。


「おおっと、警戒心をそこまでむき出しにされるとは。俺はサライト=ウィーブル。ウィーブルでいい。さぁ、名前を聞かせてもらうぞ」

「……しゅうよ」

「シュウか、よろしくな。トウカと同じ不思議な名前だな」

「あー言われてみたらそうかも。そうそう、いつものはこの通り」


 アイスボックスを地面に下ろすと、確認のために開けた霧氷むひょう凍花とうか

 後ろから中を見てみると、透き通った透明の氷が入っていた。

 パズルのように複雑な形の氷が綺麗に集まって、複雑な1つの塊になっていた。

 

「貴方こんな繊細な形に作れたのね。もっと大雑把なものしか作れないのかと思ってたけど」

「作ろうと思えば作れるけどめんどくさいだけ。逃走歴舐めないでよね」

「トウカ、そこで張り合うな」


 ウィーブルはお礼を言うと、アイスボックスを持って奥の方へ移動した。

 帰ってきたと思うと、片手には親子が持っていそうなバスケットがあった。

 布が被されていているが、膨らみ具合からして食べ物なのだろうと察するしゅう


「いつもありがとうな。無料でこんなピッタリな形の氷とか、他の場所に行ったら1万とか軽く言われそうだから助かるよ」

「まぁ人口で作るのはほぼ不可能な構造だからねー。おじさんありがとう!」

霧氷むひょう、一応聞くけどこれが私達の朝食?」

「そうだけど? って、今日は1つ多い! まさかおじさんしゅうの分まで!」

「お前はまずその呼び方を変えろ」


 霧氷むひょう凍花とうかの話によると、今日はいつもの2倍貰えたらしい。

 中に入っていたのは味が少しある球体のパンと、サンドイッチ。

 それから小さなプリンのような何かがあった。


 あの時見せた笑顔よりも輝いた目で美味しそうに食べる霧氷むひょう凍花とうか

 

(本当に今日のラインナップは珍しいのね……一体いつもどういうのを食べてるのよ?)


 そう心の中で呟いた。

 その後2人で家に帰り(来た道とは全く違う道で)、一緒に食べることにした。

 無料で貰ったものだからか、味は若干薄さを感じたがこれはこれで美味しかった。

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