第5話 二人だけの世界

 向こうから来るのは何十人の警察官。

 普段の服装だが、その手には人を殺すには十分そうな銃があった。

 街を歩く人達の中には突然動きが変わった人もいた。


「さて、何人が狙っているのやら!」

「貴方の能力を使って早く道を作って! 建物がある方だからね!」


 しゅうが急いで伝えて、霧氷むひょう凍花とうかの頭はようやく切り替える。

 とりあえずで後ろにあった建物に向けて階段を作り、近くに分厚い壁を作った

 急いで作ったから作りがかなり荒いが、強度は問題無いはず。


「とりあえず道は作った!」

「分かった」


(ここからなら、全員消せる?)


 右手を視界に入れて、警察官が見る所で……止めてしまった。

 能力を使えば"あれぐらい"全て消せる。

 しかしする少し前で視界が揺らぐ。


(消せる……のに)


 フラッシュバックと呼ばれる現象がしゅうに起きた。

 この能力はどんなものでも消せるメリットがある代わりに、消そうと思ったものは容赦なく総てを消してしまうデメリットがある。

 つまり、どんなに大切な人でも消せるというのがある。


「っ‼‼ 何でなのよ!」


 まただ、消そうと思ったのにどうしても消せない。

 出来ないと判断すると、行動するのは早かった。

 隠していた拳銃を取り出して、とありあえずで3回撃った。


「1回で道を防げて、2回で布を飛ばせたなら上出来か?」

「ナイスしゅう! ほら、一緒に逃げよう!」

「そ、そうね」


 優しく差し伸べられた手に連れられて逃げていく。

 しかし建物の中に踏み入れた所で安心できない。

 その証拠にそろそろ何かが空を飛んでいる音が聞こえてきた。しかも、この前聞いた音とは全然違う。


「まさか、飛行船から爆弾を落とす気?!」

「そんなことをしてしまったら、一体いくつの命が消えるか。賢い貴方なら考えられるでしょ?」


 互いを互いに冷静な状態にさせるために言葉を投げ合い合う。

 しゅうはこの街に来てから何時間というが、霧氷むひょう凍花とうかの場合は話が変わってくる。

 安心して住むことが出来た場所でもある。流石にそれを壊されると聞いて逃げれる訳にもいかない。


「……ねぇ、話を聞いてくれる?」

「一緒に逃げ出そうと言い出したのはどっちなのか覚えてる?」

「……ははっ、そうだね。私からだったね。それじゃあ、これから今来てるの全部ぶっ壊したいって言ったら引く?」

「G地区18-4番目」

「?」

「昨日私が火災を出した場所。アイツらなりの言い方だけど」


 ピクッと霧氷むひょう凍花とうかの体が動く。

 そうだ、彼女も同じタイプ。

 なんなら自分よりもっと酷いことをしてきたかもしれない。

 そう気づくと、口角がキュッと上がった。


「そう言われたら、止めること出来ないじゃん」

「残念だけど、私もこの街を燃やされるのは勘弁。貴方程心が死んでいる訳じゃ無いの」


 そう言うと、窓の方へ歩いていくしゅう

 拳銃を取り出してリロードすると、外を見始めた。

 壁は壊れており、こちらから見るにはその隙間から見るだけ。


 他の人が何を考えているのか、そんなこと分かるわけがない。

 だからこそ人は時間をかけて理解をする生き物である。


 どっかの小説に書かれていた1文が、ふと頭をよぎる。

 その文章はさっきまでの自分の足の重さを嘘のように軽くさせ、神経が指先まで戻っていく。

 そうだ、能力の使い方はこうだ。

 空中から氷の剣を作ると、瞑っていた目を開いて見据える。


「それで、どうしたら上手く壊せるのか知ってるの?」

「音からしてここに到着するのはせめて20カウントぐらい。それまでに壊せればいいよ」

「それじゃあ、一気に昇るよ!」


 ”生成”した氷の剣を床に突き刺すと、徐々に上に上る感覚が生まれた。

 部屋を巨大な氷が持ちあげているのだ。

 壁はその衝撃に耐えられず崩れていくも、氷がそれを上回る速さで補強していく。


凍花とうか、どうするつもり!!」

「全員ぶっ殺す!!」


 ぞわっ、と寒気が走った。

 ルビーのような赤色の瞳が強く輝く。

 黒に近い青色の髪がバサバサァッと音を鳴らしながら、多くの武器を作っていく。

 横にずらりと並ぶ空中に浮く剣達。


「ねぇ、飛行船って消せる?」

「……っ、よく唐突に言えるわね」


 しゅうの顔色は暗くなる一方だ。

 能力を使えないという話だが、一瞬だけ使おうとした動作が見えていた。

 今の霧氷むひょう凍花とうかにとっては、それだけで十分な判断材料になっていた。


「と・り・あ・え・ず、これで……やられろぉぉおおおお!」


 空に向けた上げた右手を勢いよく下げると、翼のように広げた氷の剣が地面に向けて落ちていく。

 その軌道は意思を持っているように、警察官に向けて走って行く。

 半分は地面に突き刺し、市民と警察官の境界線を柵に似た形で作り上げた。

 残りの半分は地面に突き刺す直前に向きが水平になり、警察官の体を何十人も貫いていく。

 何人も切っていった後に帰ってきた氷の剣には、その色が隠れて見える程赤色の液体が目立っていた。


「これで、あそこにいる奴らは終わりかな」

「これが本当の、無双……」

「さ、次は貴方の番でしょ?」


 真っ赤なルビーのような瞳の少女は、笑顔てこちらを見ながら言った。

 信頼の上で作られている表情、というのは分かっていてもそれはとても恐ろしいものだった。

 何を消しても何も感じない自分とはまた違う感覚。


 まさか"生成"した氷を3次元レベルで操作出来るとは思っていなかった。

 これでは国レベルから狙われてもおかしくない、


「……使えない理由は後で伝える。だから、使えなかったらその時に伝えるから」

「分かった! それじゃあ私はスパイの奴らを片付けてくる!」

「建物を壊すとか手荒な真似はしないでよね」

「壁は必要?」


 そう聞くとしゅう霧氷むひょう凍花とうかの方を見ずに、行ってこいと手をひらひらさせた。

 その意味を察すると、足場に氷を"生成"させながら地面に降りて行った。


(正直言って、予想外。……ま、昨夜の被害的にそうじゃないとおかしいんだけどね)


 自分の能力はただ消すだけ。

 出力も制御も、そういう概念が無いような能力だ。


 けれど、彼女……霧氷凍花化け物は違った。

 能力の出力も制御もそういう概念があり、その2つを完全にコントロールしていた。


「ははっ、空を飛ぶことも容易そうだ。確かに、これは捕まえるのに手間がかかる」


 一瞬だけ、考えるのでさえ嫌な存在の気持ちに同情してしまった。

 どうせこれは最初で最後の道場、すぐに忘れるに限る。


 ブォォォォと強く吹いた帽子を飛ばす。

 直線上には、数十メートル先でも分かる巨大さを持つ巨大船。

 

「まだ兵器を作るという文化は残っている。ま、私達が生きているなら……ね?」



 さぁ、ここから無双してみようじゃないか。

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