第1話 一人の消滅ガール

「うーん! いつ見ても屋上からの景色はいいねー!」


 吞気に体を縦に伸ばしている霧氷むひょう凍花とうか

 うっかり氷を内側から"生成"してしまったビルはというと、粉々になって違和感しかない空間が出来てしまった。


 左右と後ろに同じぐらいの大体20階建ての建物がったのだ。

 それと同じぐらいの大きさがあり、地面付近には瓦礫が山のように出来た。

 建物はかなり大きかったはずなのに思ったよりも出来た山は小さく、彼女はどこか物足りない顔をしていた。


「人がいなくて良かったけど、あそこには何人が住んでいたのやら」


 深夜の街でビルが一個消えた。

 なのに怪我人が0人というのにも、訳がある。


 そもそもこの被害は過去の経験からして、互いに出来ていた。

 最初の頃は自分が"生成"出来る氷の大きさに驚いていた霧氷むひょう凍花とうかも、今ではどこまで繊細に操れるかを遊び半分で探すようになった。


(『人間とは、自身の快楽のためなら、どこまでも狂い続ける』、ねぇ)


 ふと、どこかで聞いたような1文を思い出す。

 確かこれはいつも行ってるパン屋さんに置いてあった、少し分厚い本だったはず。

 きっと明日も行くことにだろうから、その時に確認してみよう。

 その時が最後になると信じて。


「……そろそろ次の場所を決めるかぁ」


 霧氷むひょう凍花とうかはどこか1箇所に留まるタイプでは無く、常に移動する根無し草だ。

 そんな彼女故か、何回も行けたあのパン屋にはちょっとした思い入れがあった。


「……ねぇ、パン屋に興味はある?」


 屋上の柵に体重をかけながら、質問文を投げつけた。

 しかし、返事は帰ってこない。

 周りが静かなまま。


「うーん、無視はかなしいな。ちょっとぐらい反応してもいいんじゃない?」

『気配は完全に消していたのに、気付くんだ』

「こっちは何年も追われているのよ? 人の気配には敏感じゃないと、今頃あの世行きよ~」

『そんなこと笑顔で言う人に言われても信頼出来ない」


 コツ、コツ、と足音が暗闇から聞こえてくる。

 静かな低い声で答えたのは、黒に近い紫色の帽子を深く被った白のワイシャツにグレーのベスト、黒の短パンがにある猫のような鋭い紫色の瞳。

 どこかミステリアスの雰囲気を醸し出している、自分と同じぐらいの年齢に見える少女だった。


 思ったよりかわいい見た目が出てきて、ドキッと見開く霧氷むひょう凍花とうか

 声からして女性だということは察せたが、まさかここまで幼いとは。

 うっかりカッコつけた自分が、どこか馬鹿らしく感じてしまった。


「あーえー、嘘でしょ? 自分と同じぐらいの女の子?」

「気配は感じれても、外見までは察せないんだ」

「流石にそれは無理です! それが使えたとして、どう逃亡するのに役に立つの!?」

「……そんな大声出せていいんだ」


 さっきまでのお面顔が、いつの間にか呆れ顔に変わっていた。

 ゴホン、と急いで自分を落ち着かせる霧氷むひょう凍花とうか

 しかし冷静になればなる程、少女が持つ謎が増えていく。


(こんな私に何一つ疑いも恐怖も無く話してくるのも、それはそれで怖いけど)


 そもそも今この街の住民は全員別の場所に避難しているはず。

 なのに何故ここにいるのか。

 そもそもこの街の住民なのか。


「……貴方、名前は?」

しゅう。終わりと書いてしゅう」

「私と同じ国の出身ってことよね! 私は霧氷むひょう凍花とうか。凍る花と書いてとうかだよ!」

「ちゃんと返してくれたってことは、これも不要になったって事か」

「これ?」

「そう、これ」


 そう言ってしゅうがズボンから出したのは、確か追手の警察が持ってた拳銃。

 公安の人が持っているのもあり、使い方も仕組みもシンプルに作られている。

 しかしこの国銃刀法違反があるため、こういうのは表ルートでは手に入らないはず。

 しかも特にこれといったカスタムもしていない。


「となると、誰かから取ったとか?」

「考えてることが漏れてるけど……あ、貴方もなら躊躇いなく殺すけど?」

「まだ20年も生きてない人が殺すとか使っちゃだめでしょ!」

「消した人数なら忘れたけど……3桁まではいかないかな」


 ピクッと肩が一瞬震えた霧氷むひょう凍花とうか

 普通の人間なら、嘘だと思ってスルーしてしまうそれを。

 同じ人間だからこそ、それを真に受けてしまうのだ。


「……消した?」

「そう、消したの。とある研究所を探していて、違かったのを全部消してきたの」

「研究所? ひょっとして、人口の能力者ですか?」

「さぁ。考えたことも無いし、覚えてない。別にどうでもいいでしょ。


 霧氷むひょう凍花とうかはこの時点で色々を察することが出来た。

 氷を"生成"する能力を持っているが、それで腹を満たすことも服を作ることも出来ない。

 そのため表の世界と呼ばれる場所で、買い物をすることが多い。


 その時にある「能力を使えるのが当たり前じゃない」空気を、霧氷むひょう凍花とうかは上手く使いこなしていた。

 ではしゅうはどうだろうか。


「……そうだね。ということは、貴方は何かを消すのが能力?」

「貴方が答えてくれたら、私も答える」

「自分の手の内は、明かしてくれた人しか教えない。分るよーうんうん」

「さっきの大きな音って、ひょっとして貴方?」


 大きな音、さっき壊した建物だろうか。

 冷や汗がだらだら流れるが、ツンとした態度を通すしゅう

 

「……私のは氷の『生成』。物を凍らせることは出来ないけど、覆うことは可能……よ?」

「疑問形で返されても何も出来ない。私の能力は、今は使えないけど」


 バン


「……へ?」

「あの3枚羽のヘリコプターを壊す方法はいたってシンプル。ある一か所を『消せば』簡単に壊せる」

「消せば?」

「そう、これが私の能力」


 無慈悲な少女だからこそ生まれる狂気。

 どんなものも消せる能力を持つ、しゅう


 これが、消滅ガールである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る