ここではない、いつか何処かの『カクヨム』で

メイルストロム

Diving.


 アニメ、映画、ゲーム、小説、舞台、演劇──様々な創作物に満ち溢れたこの世界に私達は生きている。触れるも触れぬも自由。ただ鑑賞して愉しむだけだっていい。

 ……けど、それだけでは満足出来ない人もいる。

 多種多様な作品世界に触れて、インスピレーションを刺激された結果──自分だけの作品を産み出そうという答えに辿り着いた人種だ。答えに辿り着いた過程は人其々だが……そこに至ったのならば、もう止まれない。



 ──筆を手にした瞬間、すべてが始まった。

 私が書きたいように、私の脳内に産まれた声を出力する為の行為に没頭する。

 ただ単純に、ひたすら純粋に。私の脳細胞達が散らした、神経の火花をカタチにしたい。瞬いたアイディア達の声が、忘却の彼方へと消え去る前にその声を残す。

 どんな話になるのかなんてわからないけれど、このファイアダンスを私だけが覚えているのが寂しいから。私だけがその産声を聞き、忘れてしまうのは余りにも悲しい。だからその全てを書き殴った。

 そうして産み出したモノを纏めて、一先ずのカタチにする。絵であれ文書であれ、そうしてカタチにすれば一息つける。だって、カタチにさえなれば私以外の誰か──第三者に認識されることが叶うから。脳内に産まれた声を、煌めきを、世界の原石に出来る。

 それを何処まで磨き、輝かせるのかは個々の判断に委ねられるが……もしも公募へ出すのなら、一定以上の実力を示す必要があることを忘れてはいけない。

 しかし、今は誰にでも作品を発表する機会が与えられている。カクヨムを始めとして、小説投稿サイトの殆どは非営利目的なのだ。故に一定以上の実力を示さずとも、アカウントさえあれば公開可能だ。勿論、守るべき最低限度のルールはあるが──意図的に破ろうとしない限り、抵触することはないだろう。

 ……本当に素晴らしい世の中になったものだと、強く感じる。



「──けど、何処で公開しよう」

 思い立って書き上げた作品を前にして、私は悩んでいた。

 作品と言っても、完結している訳じゃない。大まかなストーリーラインと、主人公の目的だけを決めただけのものだ。一章節だけ書き上げたけれど、その先はまだ書けていない。

 ──Save Us From Dream.

 それが私の処女作になる作品。けれどまだ、コイツは産み落とされていない。私の脳内からパーソナル・コンピュータへと移り住んだだけの胎児だ。

 それ故に悩む。この子が産まれるのなら何処がいいだろうか?

 笛吹き男の名前を模したサイトもあったし、可愛らしい名前のサイトもあった。どれも皆、無料で作品を──主に小説と呼ばれる形の作品を楽しめるサイトだ。年会費も取られず、好きなだけ作品に触れる事が出来る。

 ただし、その作品のクオリティは作者によってマチマチであることを忘れてはいけない。前述の通り、どこまで磨き上げるかは個々人の判断に依るのだから。



「……ふぅん、こんなのもあるんだ」

 様々なサイトを渡り歩き、サイト毎の特色みたいなものも大まかに知った頃。カクヨムという小説投稿サイトが目に止まった。それは創作と遊びを愉しむ為の電脳空間だという。

 作品を書いて、読んで、伝えて、楽しむための世界。他の小説投稿サイトと違うのは、サイト上で起きたことがVR機能を通じてユーザーにフィードバックされるという点。

 ──そこに私は惹かれた。コイツを産み落とすにはここしかない、なんて感じたくらいに。

 考えてもみろ。電脳空間という仮想世界ではあれど、自作品の主人公を使うことができる。自作品の主人公となって、新しい世界で共に生きていける。こんなにも魅力的な世界が他にあるだろうか?

 ……ただまぁ、一つ気になる点もあった。

 なんでも、カクヨム内部で小規模な異常が見られているらしい。戦闘行為が禁止されているエリアで殺されたとか、ID表示が不自然なアカウントが彷徨いているとか。

 だがその程度なら何処でもある話だろうし、カクヨム公式側も都度対策しているのも確認できている。

 だからきっと大丈夫だろう。そんな根拠のない安心感を胸に、私は処女作と共にカクヨムへと降り立つことを選んだ。


 そこから暫く処女作を続けていたが、同時並行でライブラという短編集も連載を始めた。どうしてもジャンルが偏り、書き幅が縮小するのが嫌──というのが始めた理由でもある。

 以降、アカウントのアバターも幽玄的な修道女へと変更。しかし喋り口調も相まって暫くの間、女性作家だと誤認されていたらしい。



 そんなこんなで色々と創作活動を楽しんでいたのだが……結局、投稿から半年経っても異常はなかった。念の為にと用意していたウィルスバスターも、幾つかは削除してもいいかも知れない。

 そんなことを考えるようになった矢先──


 ────絹を割くような悲鳴が聞こえた。


 それは余りにも生々しくて、痛みのある悲鳴。

 あれはヒトの悲鳴だと、直感的に理解していた。上手く言い表せないが、演技で出せる悲鳴とは異なると感じたのだ。命に届くような傷を負った、ここは危険だと知らせる為のメッセージ。

 ……そんな悲鳴が、なぜ此処で? 私が今いる一帯は、戦闘行為がロックされたフリーフィールドだ。例え戦闘行為の許されたエリアであっても、あそこまでリアルな悲鳴を上げる人はいないだろう。

 このカクヨムにおいて──本気で死を感じる程のダメージは、フィードバックされないと私は知っている。

 銃弾で撃たれたとしても、刀で斬られたとしても、魔法によって感電したとしても──その全ては、お遊びレベルに落とされた痛みにしかならない。たとえどんなにエフェクトがリアルであっても、脳が感じるのはフィクションとして処理しきれるだけの痛みでしかないのだ。

 だからこそ、あの悲鳴が上がった理由を知りたかった。

 呆然と立ち尽くし、何があったのかと立ち話を続けるアカウント達の間を潜り抜け、悲鳴が上がった方向へと走る。外見ガワは病弱な修道女だが、身体能力は紫蘭をベースにしている。なので目的地へと辿り着くのに、そう時間はかからなかった。



 ──悲鳴を耳にしてから数分後、フリーフィールドの平野に二つの人影を視認した。

 一人は倒れており、動く様子がない。だが戦闘不能──体力が尽きたという訳でもないようだ。しかし外見上は酷い有様で、疵口から見えるデータの羅列が内臓のようである。それに加え、ステータスの表示はオープンになっているのに、どれもが出鱈目な数値で変動し続けていた。

 汚染され、データが損壊しているのは誰の目にも明らかである。


 その傍らに立つもう一人は──正直よく分からない。身体全体の輪郭が靄に包まれていて、フワフワとしている。ゴースト系のアバターかと思ったが、何故か頭上のID表示すらイカれていた。ノイズ混じりで常に変動するなど、まともに読めたものではない。

 ──あれは明らかに壊れている。

 壊れているというか、初めから規約外にあるような感じだ。継ぎ接ぎして無理矢理規格を合わせ、なんとか成立させているという印象を受ける。

 なのに、カクヨム公式が配布しているウィルスバスターはなんの反応も示さなかった。倒木の影から二度、そいつに検査をかけたが問題ないと青い鳥が告げてくる。


 ──どうしたものかと悩んでいると、データが破損している側が消えた。恐らく強制ログアウトでもしたのだろう。

 その途端、ゴーストを思わせるそいつが周囲を見渡す。メニューから相手のID検索を行えば、ログインしているかどうかは一発でわかるのに──ソイツは目視で探していたのだ。

 その姿は酷く滑稽ではあるが、笑えなかった。

 自立稼動式スタンドアロンタイプのウィルス──しかもカクヨム公式のウィルスバスターに検知されない。この時点で一般的なウィルスとは別次元の代物だ。

 それに傷をつけられたら──一体どうなる? 

 ほぼ確実にアカウントに不具合を生じるだろうが……それだけで済むのならいい。仮にもし、ここでのダメージが現実世界の肉体へ影響するのなら洒落にならないだろう。

 それに、現実の命をかけてオワタ式を実行する程イカれた覚えはない。

 ……あまりアテには出来ないが、公式へとメッセージを飛ばしておこう。エリア座標と見聞きした事だけを簡潔に纏め、送信を実行しようとした瞬間──



「M1,T3K4……T1……!」

 耳につくかつかないかの距離で、暗く湿った吐息と声が聞こえたのだ。その直後、考えるよりも早く体は回避行動に移り──寸秒の間を挟んで衝撃波を感じた。

 つい先程まで私が身を隠していた場所──巨大な倒木はひしゃげ、朽ちかけた中身を露出させている。

 あんなもの、当たったらただじゃ済まない。当たりどころにもよるだろうが、骨折の二、三本──下手しなくとも、内蔵までお釈迦にされる。確実にゲームオーバーだ。


 直撃しなくて良かった、と──安堵したのも束の間、粉塵の中から音もなくゴーストが飛び出してくる。その機動は直線的だが如何せん疾い。今更退いた所で無様に殺られるのがオチだ。どうせ死ぬのなら、足掻いてからにしたい。

「ライブラ──短録,勇者──!」

 現状、切れる札はこれしかなかった。銃火器程度では傷一つ付かず、素手で人体を割ける膂力もつ彼女ならなんとか渡り合えるだろう。身体能力は自作品中最高峰、それにいざとなれば剣を抜けばいい。

「っ、……おらぁ!」

 一直線に飛び込んできたソイツ目掛け、大剣を振り抜く。ミシリ……と腕が軋む感覚からやや遅れて、打ち返した手応えがあった。しかし真芯は捉えられなかったのか、奴は斜め上空へ打ち上げられていたのである。

 けれどまぁ、それならそれでやり方を変えれば良い。それに見たところ、奴は飛べないらしかった。手足をモゾモゾとしているようだが、落下の勢いは変わらない。間もなく地面に激突する事だろう。

 願わくばそのまま墜落死して欲しいところだが──


「2、T1……2……N1─────」

 現実はそんな都合良く行かないものだ。フルスイングの一撃に加え、あの高所からの落下ダメージでも死んでいない。落下地点から動かずにふらついているので、多少は効いているだろうが……それだけだ。殺せていないのなら意味がない。

 というかそもそも、アレは殺せるのか? 敵性NPCのように撃破出来ないのなら、これ以上やり合う必要はない。

 それに私は長く戦えないのだ。無名に等しい作品だし、☆やPVも少ないので使える能力にも制限がある。

「K3R1、K3……R1……R2……」

 フザけたノイズを漏らしながら、そいつは私の方へ向き直った。恐らく逃がすつもりはないのだろう。

 だったら仕方ない、こちらも腹を括るだけだ──  

「──戒めを祓い我が血を捧げよう。厄災を以て終わりを与え、救いをもたらせ──炎剣・レーヴァ」

 静かに唱え、刀身の切っ先を腹へと突き立てる。自傷行為なので勿論ダメージが入るけれど、そういう設定なのだから仕方ない。

「そのまま、大人しくしておいてくれ」

 落下地点で未だふらつくソイツ目掛け、一足で距離を詰める。狙うは脳天──その一点だけを狙い、駆けた勢いを乗せて振り下ろす。

「──焉犠エンギ烙燿絶ラクヨウダチ

 灼熱の刀身は正確に相手の脳天を捉えた。そして雷の如き勢いで身体を縦に断ち、その切っ先が地面に触れた瞬間────



 ──隕石が落ちた。

 そう見間違う程の大爆発が起きる。

 熱を含んだ衝撃波と共に地面は抉れ、溶け落ちた地面は赤く滾った。その直後、煮え滾った地面から一つの火柱が立ち上がる。触れたもの全てを灼き尽くす劫火は天を突き、分断したゴーストを飲み込み灼き尽くす。

 数秒後、暫し立ち上がっていた火柱はふつりと途絶え、辺り一面を焼いていた熱も消え失せた。

 

 爆心地に残るは、緋色髪の乙女──ゴーストは断末魔の悲鳴すら残せず、灰燼へと帰したのである。



 今もなお残る熱に若干の心地良さを覚えつつ、魔王の能力を解除する。そうすればいつも通り、血色の悪い修道女に戻るだけだ。

 そして改めて現場を見てみるが……まぁとんでもない有様になっている。私自身のアカウントが及ぼした影響──一部エリアの地形変化は解除されておらず、継続ダメージが発生する状態になっていた。あの仕様通りなら、ここは丸一日ダメージゾーンのままという事になるのだろうか?


 そのことに対し、若干の申し訳無さを覚えたが……あれは自己防衛の結果であり、必要な事だったという事にして欲しい。

 経緯報告書を兼ねた通報メールを送り、その日はログアウトした。



 ──後日、運営からアレコレ聞かれたのは内緒の話である。

 また、噂によるとあのようなバグデータ? らしき存在が各地で確認されるようになっているとか。

 けれど公式は特に発表せずに『見かけた際は通報してください』とだけ繰り返している。あれだけの惨事を起こしておきながら、注意喚起だけ繰り返すなんておかしい。

 そんな運営側に不信感を懐きつつも、私はログインすることを止めなかった。

 創作活動を愉しみたい、という気持ちが一番なのは変わらないし何かあったらどうしようという不安もある。

 だが、それ以上にこの騒動の行く末が気になっていたのだ。


 

 ──それに、戦う事を選んだ作家達の噂も聞いている。理由はそれぞれだろうけれど、とても興味深い。一先ずは他人の動向を観察しつつ、どう動くかを決めていこうと思う───







 ──[飯田太郎様作][僕はまだ「小説」を書いたことがない]へ続く。

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