ノッキング輸入
アプレイウスの『黄金のロバ』はとても良いはなしだと思うよ。
特にプシュケとクピドの話さ。
プシュケは絶世の美女で、
そのあまりの美しさゆえに女神ビーナスに疎まれた。
ビーナスの息子であるクピドは、
プシュケを卑しい男と結婚させようと仕向ける。
だが彼女の美貌に魅せられたクピドは、彼女に恋してしまう。
クピドはプシュケを妻にしながら、
自分の顔を見ないように忠告した。
だってクピドは神様だ。
顔を見られると、すぐに彼が神様または化物だとバレてしまうものね。
だがプシュケは彼の顔をこっそり、
寝ている彼の顔にランプを当てて見てしまった。
絹のような淡雪の肌にかかる巻毛の金髪、整った顔は正に神がかっていた。
彼女の存在に気づいたクピドは、
忠告を守らなかった彼女への罰として、
そのまま部屋の窓から飛び去って消えてしまった。
ここまで読んでくれたなら、
君たちも多少は思い浮かんだだろう?
日本では同じような物語に、『鶴の恩返し』というものがある。
なんという偶然なんだろう!
なんて思ってるなら、君は菊と脳を取り替えても気づかれないだろうね。
民俗学の話を少ししよう。
『天女の羽衣』という作品、君たちも知ってるだろう?
とある天女たち6、7人が地上に降りて水浴びをしていた最中、
彼女らの1人が人間の男に衣を取られてしまい結婚させられてしまうという筋のお話だ。
似たようなもので『玄中記』所収の『
女子6、7人が田園で毛皮を脱いで遊んでいる最中、
彼女らの1人が人間の男に毛皮を取られてしまい結婚させられてしまうという筋のお話だ。
このように同じようなお話が、遡ればインドにすらある。
しかもその大抵は『天女の羽衣』や『姑獲鳥』でいう妻の役割を、
「白鳥」が担っている。
そのような白鳥やその他異類との婚姻譚を、
白鳥処女説話という分類で一括りにすることが多い。
これは民俗学で有名な話なんだ。
地理的距離は遠いのに、同じような特徴を持つ宗教、説話、道具などといったものは、
偶発的に誕生なんてしない。
それはどこからか輸入されてきたものだ、
ということだね。
ところで、菊は美人ではあるが、
どこか異様なんだ。
心の内が見えない、行動自体に意味を持っているか判断しかねる、
そんな声を彼女の側近がよくこぼしては口に手を当てていたよ。
異様な雰囲気を持つ美人の話も、世界には多くある。
それこそ白鳥処女説話のようにね。
結局のところ僕たちは、
全て過去に輸入されたものを絶妙に加工しながら、
作品の幹に枝葉をつけているわけだ。
まるで『最後の一葉』だ!
よかったね、芸術の世界に母川国主義というものがなくって!
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