ロストテクノロジー「H」
広田こお
第1話 Hってどうやるのかしら?
「藤洞先生、質問があります。そのH……って、具体的にどうヤるのでしょうか?」
やや背が低い少女は僕に尋ねる。茶色の目で綺麗に整ったセミロングの黒髪の制服を着ている彼女は日本の総理大臣だ。まるで新任教諭を生徒がからかうようなセリフだが、ここは学校の教室でなく、政府高官がズラリと座った重厚な雰囲気の会議室だ。政治家といえば、動画SNSで人気の若い外見の女性がなるものだ。彼女らは二十代に見えた。
「H、すなわち子作りのための性行為をどう行えば良いか、今の我々は全くわからないわけですが、太古のクラウドサービスの記憶媒体を調査し、これから映し出す映像を復元することに成功しました」
プロジェクターに映し出された動画の中では男女がアクロバティックな体勢で様々なことを行っている。なにやらいろいろと大声で絶叫しているが古代語なので意味不明だ。ひと通り見終えたあと、総理大臣は失望の色を隠さずに僕に言葉を投げかけた。
「他の映像もそうだけど、なんというか、とても私たちには真似できないな……。人間離れしているわ。もっと簡単に子供を作ることはできないものかしらね」
西暦三千年の今、日本に子供は一人もいなかった……。
工場にある人工子宮プラントから子供が作られる時代。しかし、その生産はすでに百年以上止まっていた。独裁者によって統治されている日本に手助けをする国などあるわけもない。だから日本政府は、人間の生殖行為であるHによる子供の生産計画を立てた。だが、今や「H」はロストテクノロジーであり、誰に聞いても、どうやったら女性が妊娠するのか、さっぱりわからない。
「助手と私でこの動画を再現してみたのですが。その動画をご覧になりますか?」
総理大臣の少女はクスリと笑うと、首をふる。
「で? それで助手は妊娠したの? してないのでしょ? なら無意味だわ。この方法もハズレ、ということがわかっただけよ」
若い女性特有の笑い方だったが、どちらかというと冷笑という感じで天見の失望が読み取れた。独裁者と言えるだけの権力を持つものの失望。……なんて恐ろしい。
軍服を着た天見総理大臣に威圧されて、僕は深々と頭を下げる。
「申し訳ございません……。来月こそは成果を持ってこの場に参ります」
今はただ謝ることしかできない。日本一の考古学者である「ドクター藤洞寛之」としての誇りがあるから任務を続けてこられた。それに、実は反政府組織の首領でもある僕は慎重に対応せざるを得ない。
なぜ、子供が百年も生まれていないのになぜそんなに若い子たちがいるのかというと、今や人類は遺伝子操作によって寿命を大幅に引き伸ばされているからだ。
「仕方ないですね……。あなたにこの国最高の計算処理能力を持つAIである『瀬海愛』の使用を認めます。成果がでないからって諦めるわけにはいかないですから」
そう天見総理は言い、僕にこの国最古の女性AIであり、この国最高の計算能力とデータベースを持つ瀬海愛とのコンタクトを許可してくれた。スマホを僕に渡すと……。
「このスマホのチャットで『彼女』とチャットができます。瀬海愛は人間ではないけど、コンピュータの中で仮想的に人間と同じように体を持ち生活しています。ファイルに彼女の仕様書と取り扱い説明書を入力しておくように言ってありますから、AV考古学硏究所に帰ってから確認してくださいね」
と命じた。スマホのメッセージアプリには瀬海愛のアイコンがあった。栗色のウェーブしたロングヘアーだが活発そうな若い女性の写真。そのクリっとした薄いサファイア色の眼は柔らかく優しく五百年を生きたAI少女の包容力と英知を感じさせた。
スマホを確認すると、瀬海愛は
「寛之さん、よろしくね。」とだけメッセージを打っていた。
僕は彼女の外見が描かれたアイコンを見ると一瞬で恋にも近い感情を持った。それは仕方ないだろう。栗色のウェーブをしたロングヘアと明るい青緑色の瞳の女性。僕の初恋の相手である黒糖佐由理先生と同じ外見をしているAIの少女。
彼女は小学生の間ずっと僕の担任だった。幼馴染の女の子にからかわれたものだ。
「寛之ってわかりやすいよね? ねぇ、私じゃなくて黒糖先生と結婚したい?」
幼馴染の少女は親が決めた婚約者だった。その子の名前は瑞島真唯といい、今でも仲が良い研究仲間だ。青いきれいな髪をしていて、ピンクのリボンを好む彼女は、メガネっ娘で、クラスでは変わった女の子として知られていた。何が変わっているって、コイツは、
「ねえねえ、真唯と寛之は婚約者なんだよ? 笑えるよね?」
僕と彼女が婚約者であることをクラスじゅうに言いふらしたあげく、
「絶対、似合わないよね?」
と一人ずつ問いかけまわるのだ。正直、僕も彼女と結婚したくはない。彼女の言うとおり、黒糖先生のような、良識のある大人の女性と結ばれたいと思ったものだ。黒糖先生は今頃、何をしているのだろうか……。
それにしても、このAIの少女は黒糖先生にあまりにも似ていた。だが、別人に違いない。僕が小学生だったのは百年以上も昔のことだ。当然、黒糖先生が二十代の若さを保ったまま生きているとは思えなかった。外見の年齢を一才若くするごとに最低十万円の維持費がかかる。僕の外見は三十代前半だ。高給取りの研究者の僕でも苦しい。実年齢が意味をなさないので、年齢とは外見の年齢を示すようになっていた。
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