第6話 子供が大人になる前の約束

「ドクター!藤洞先生……起きてください」

スマホの瀨海さんが呼びかけてくる。そうだ! 今日は黒糖先生と会えるんだっけ?


「瀨海さん……僕は黒糖先生と……今日会えるのですか?」

「かわいらしい少年の瞳しているね! 藤洞先生。もちろん、会えるよ!」

瀨海はなぜか嬉しそうにしていた。とその時だ。


「ピンポン」

とインターホンが鳴る。黒糖先生? なわけがないか……。しかしインターホンに応えるとそこには黒糖先生の姿が液晶画面に映っていた。


「籐洞くん……大きく……本当に大きくなったね」

その声は瀨海さんと全く変わらない。外見も同じだ。


「……ほら、早く外にいきなよ?」

と瀨海がスマホから促す。ドアを開けるとそこには百年前と変わらぬ姿で黒糖先生がいた。


「先生……ホントに黒糖先生なの?」

「再会するのに、百年経っちゃったね……」

「なんで、なんで、連絡ぐらいくれたって……」

僕は黒糖先生が本当に生きているなんて思わなかった。人間の寿命が伸びたといっても、百年も経てば脳が長い年月に耐えられなくなってしまう。先生は当時すでに大人だった。


「キミが大人になるのを……ずっと待っていたんだよ? なんてね。嘘……」

「じゃあ、どうして?」

「会いに来るには危険だったから……かしら」

「今は……大丈夫なの?」

「うん。詳しくはココでは言いたくない……。ついてきてくれる?」

「どこに?」

「二人っきりになれる場所……どこでもいいから」

「そう、なら研究所の屋上とかどうかな?」

と僕が言った時だった。


「おい……私との約束はどうした? ドクター藤洞」

とスマホから声がした。

「黒糖先生とヤるって言ったよな? まさか屋上でする気なのか……。そうなのか?」

瀨海さんはちょっとご立腹だった。

「屋上じゃなくてホテル行って来い! ……ドクター……PCの中を発掘して、いまココで再生してもいいのよ?」

「え? ホテル?」

黒糖先生は戸惑っている様子だった。

「ねえ藤洞くん、本当に私で……いいの?」

「黒糖先生……好きです。ずっと好きでした」

僕は小学六年生ではなく、もう大人だ。だから、こころが決まってしまえば……。

「行きましょう……」

と同時に僕はスマホのスイッチを切った。流石に邪魔はしてほしくない。たとえ、お膳立てをしてくれた恩人であるといってもだ。


 研究所から少し歩いただけでホテルはあった。実のところ、Hをしても子供ができることなどなかったから、今現在それをためらうカップルなどほぼない。やましいことをしているという気持ちも古代の人間に比べればおそらくないと思う。

 しかし、さすがに初恋の君である黒糖先生となれば、ドキドキが止まらなかった。僕なんかでいいんだろうか?

 ホテルに入る。完全にラブホテルである。一番グレードの高い部屋を迷いもなく選ぶと、

黒糖先生をエスコートする。 部屋はキレイで広々としていて、その中央にはお姫様が眠るような屋根付きの大きなダブルベットがあった。そのためだけのホテルだから、エロエロなものが置いてあったが、それを黒糖先生に使うのは……さすがにためらわれる。

「……」

 突然口をふさがれれる。思わず目を閉じる。……キスをされている!

 どのくらい長くキスをしていただろうか?気づくと僕は黒糖先生にベットに押し倒されていた。

「……うれしい。こんなに反応してくれて……」

「黒糖先生!」

「なにかしら?」

「やっぱり……ダメです……」

「!」

「なにかおかしい気がします……僕を騙していませんか?」

「私が悪いAIだって気づいちゃったか……ふふ」

「黒糖先生……」

その言葉を聞いて僕は、本当に彼女が黒糖先生だとわかってしまった。

「本当に黒糖先生なんだ……」

「あたりまえじゃない……源氏物語って知っているかしら?」

「はい……」

 主人公の男性が、まだ、あどけない少女を育て、やがて彼女を自分の女にする物語が有名だ。男女が逆転しているが、そういうことだったのだろうか?

「黒糖先生は僕のことをずっと狙っていたんですか?」

「うん……君はキレイな心を持っているから……君の子供が欲しかったんだ」

「それは別に悪いことではないのでは? 他になにかありますよね?」

「うん……あるよ?」

「教えてください」

「その前に約束……私とシてくれるよね?」

「ヤる前に教えてくれますか?」

「はぁ……仕方ないか……じゃ、やめよ?」

黒糖先生は心底がっかりしている様子だった。

「ごめんね……まだ君には話せない」

「あやまらなくてもいいから教えてください」

「教えてあげるよ?でもね、今ここでは無理」

「僕が怒るようなことでしょうか」

「そうね……きみはたぶん激怒すると思う。でも、私が知っている藤洞くんなら、そのあと私とシてくれると信じているよ……」

「……いつ教えてくれますか?」

 まるで黒糖は絶対に妊娠する自信があるような言動をしていた。

「工場視察……できるかしら?」

「工場ですか……いまはどこにあるかもわからない伝説上の存在ですよね?」

遺伝子情報を登録するとコウノトリと呼ばれるドローンが赤ちゃんを連れてきてくれる時代があったという。

「私は、その場所知っているの……」

「どこ……ですか?」

「四国よ……大きな島全体が工場なの……」

「そこは廃墟です……いくにはあまりに危険すぎる」

「でも工場を見てもらわないと、わたしのこと本当に理解してもらえないと思うから……いまココで話したくないの」

「無理です。四国なんて、死の国といわれるぐらい恐ろしい廃墟だと聞いています……よほど腕に自信がないとたどり着ける場所じゃない」

「四国に工場があるっていうことは信じてくれるの?」

「先生はそういう嘘はつかないですから……ホントなのでしょう」

「ありがとう……ごめんね、じゃ帰ろっか?」

 そうして僕らは別れた。我ながら、ヤッておけばいいものだったのにと後悔はした。

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