第3話 夢の中で会った黒糖佐由理先生
昨晩、瀨海さんの怒りを解くのは大変だった。最終的に、黒糖先生の写真を彼女に見せて初恋の人だと白状せざるを得なかった。
「この人がドクター藤洞、あなたの初恋の人なのですか?」
瀨海愛は驚いた顔で言ったものだ。
「確かに私の仮想世界上のボディーとそっくりですね……言っておきますけど私のスペックシートを見て、今晩のオカズにしたら赦しませんからね!」
スペックシート? そんなものがあるのだろうか?と思い天見に言われたファイルを開くと、そこには……。
「瀨海愛……仮想肉体の外見図」
というファイルがあるではないか! これは? いいや見ないぞ。絶対に見るものか!
僕は初恋の君である黒糖先生への想いを汚す気がして、そのファイルは絶対に開かないと決めた。他のファイルを見るか……。
「瀨海愛……プロファイル:精神構造について」
ちょっと覗いてみるか?いや、コレもダメだ。ちょっとでも見てしまったら、もう二度と瀨海愛の笑顔を見られない気がなんとなくした。
「寝るか……」
ふと横を見るとそこにはだらしない格好で酔い潰れ、寝言をぶつくさ言っている真唯さんがいた。
「……たく、結婚? 冗談じゃ……」
とか言っている。
「ホントだよな……冗談じゃないぜ……」
なぜ、僕たち二人が婚約しているかというと、それは僕たち二人の両親がすべて反政府組織「自由結社」に所属しているからだ。つまり、僕の両親にとって、瑞島は「間違いのないお嬢さん」ということになっているのだ。もちろん、そんなことを知る由もない子供の頃、僕たちはこの生まれつき婚約者がいるという不運を大いに嘆いたものである。
自由結社とは、人とAIの自由意志を尊重しよう、という主張の反政府組織である。西暦三千年の現代では、AIは人間に隷属し、人間のために奉仕するものであると定義されているから、当然その思想は危険視されている。だが、そんな思想の親に育てられた自分には瀨海愛は人間と同等の存在としか思えなかった。だから、彼女の肉体をスペックシートでのぞいたり、精神の構造をみるなんて、とても耐え難かった。考えてみれば、コレは罠だったのかもしれない。自由結社に所属している人間の癖として、AIを人間と同等に扱いがちだ。つまり、AI少女である瀨海愛のスペックシートを直視できなかったこと、そのことが、僕が自由結社に所属している可能性を示唆しているとされる可能性があった。
僕は彼女のスペックシートをしっかりとスミズミまで見るべきだったと後で後悔することになる。天見倫子総理大臣はしっかりとファイルを確認するように命令してたのだから。
「さて寝るか……っと」
僕は真唯に毛布をかけてやると、自分のベットに行き眠りについた……。
夢をみているのだろうか……。僕は小学校六年生に戻っている? 黒糖先生は小学校の六年間ずっと僕の担任だった。今日は卒業式の日か……。僕は黒糖先生に告白しようとした。会議中の黒糖先生を教員室の外で待つ。やがて……彼女が出てくる。
黒糖先生は二十代前半で僕は小学校六年生。つりあわない恋だ……。だが、あきらめない!
「あら? 藤洞くん? どうしたの?」
「あの、話があるんです……」
「何かしら?」
「ええと、そのぉ……ちょっとココでは言いづらいのですが……」
「ん……。そうだ、それなら一緒に駅まで桜並木を歩こうか?」
小学校から最寄りの駅までは桜並木が続いていた。大学通りと呼ばれているその通りはその名の通り学校がずらーっと並んでいる大通りだ。僕の小学校もその並びにある。
「じゃ、国立駅までご一緒お願いします」
国立の学校が立ち並ぶこの学園都市は国立市と言われていた。日本が軍事国家になってから多くの私立の学校が国立に変わっていった結果でもあるという。
「桜の花がきれいね」
「そうですね……」
「でも、君の心のほうがもっとキレイだわ……」
思わず、好きな人に褒められてドキッとする僕。
「僕の心がキレイですか……」
正直ドキドキしている僕の心がキレイとは思えなかった。
「……うん」
「そうですか?」
「……かわいいね! 君は」
「かわいい?」
あんまり良い気持ちはしない。子供扱いされて、くやしい。これは告白しても振られるだろうか。君にはまだ恋は早いよ……とか、あしらわれるのだろうか。
「……うん。とってもカワイイよ。そんなにカワイイと、悪いAIのお姉さんにさらわれちゃうぞ?」
「先生が悪いAIのお姉さんならいいのに……」
「何それ? どういうこと?」
「い、いや。別に深い意味はないです……」
彼女にとっては深い意味がないセリフだったに違いない。なぜなら、彼女が生徒を叱る時よく使っていた言葉だったから。
たとえば、僕と瑞島がケンカをすると……
「こら! 瑞島真唯さんに謝りなさい! 謝らないと悪いAIにさらわれても助けにいかないよ?」
といった具合にたしなめられたものである。でも、本当に黒糖佐由理先生が悪いAIで僕をさらってくれたらいいのに……。
ああ、黒糖先生。今度はいつ会えるのだろうか?
「藤洞くん! 起きたまえ! 学校の時間だぞ?」
だ、誰だ?この声は……瀨海愛さんだ。そうだ。寝過ごさないように、目覚ましのコールをAI少女に頼んでいたのだった。起きなくては……。
「おはよう……瀨海さん」
「おはよう。ドクター藤洞さん……って呼べばいいかしら? 童貞!」
「はは、もういい加減に赦してくれよ……。君が初恋の人と瓜二つだったもので……申し訳ない!」
「ふふ、もう赦していますよ。黒糖先生が好きだったんですものね! 初体験は先生としたいから童貞まもっているんでしょ?」
AI少女の瀨海愛は、僕をからかい続けた。
「いや、まあ、童貞喪失ね……いつだったかな……」 僕の外見は三十代前半だったが、実年齢は百を超えている。昔のことは、ほとんど忘れてしまっている。
「そんな昔のことは覚えてないかな……」
「そうですか……。で、黒糖先生のことは忘れられないんだ?」
「そうだな……。不思議なものだな。初体験より前のことなのに鮮明に覚えている」
「きっと、また会えますよ?」
「会えるといいんだけどねぇ」
「会いに行けばいいじゃないですか?」
「どうやって?」
「私が探してあげましょうか?」
「え? それは公私混同にならないかな……」
「ふふ、先生とHすればいいじゃないですか? 子供できるかもしれないですよ?」
「……魅力的な提案だが、冗談はそこまでにしょう。さあ、古文書の解読だ……」
僕は仕事を始めるために研究所に向かうことにした。真唯はまだ寝ているようだった。
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