本当のこと。
『お笑いなんてぜんぜん分からない。』『お笑いに手きびしいというのは、かん違いです。』
帰ってからわたしは、国語のノートのページを一枚やぶって、日記を書くような感覚でそう書いた。
日記を書くのも苦手で、短い文章を書くのにも時間がかかる。……これを、明日相沢くんに見せよう。それで、付き人をするのをやめてもらおう、と思った……んだけど。
『付き人をやめてください』とは書けなかった。
だって、喋らないわたしにあんなに話しかけてくれて……うれしかった、から。
どうやって相沢くんにこのページを見せようか……、と悩みながら、学校に着いた。
昇降口のところは、にぎやかだった昨日とは違って、誰もいない。
すのこを渡って靴箱に靴を履き替えに行く。わたしの名前シールが貼られた新しい靴箱は、相沢くんの靴箱のすぐ上だ。上履きを出しながら、……靴箱に、ページを入れちゃおうか……? ふとそんな思いがよぎる。
ページはわたしのポケットの中。
でも、そんなの手紙みたいじゃない? その、……ラブレターみたいな。意識してしまって、わたしは顔が熱くなる。えっと、そんな――。
「おっ、姫ぇ! おはようございます!」
「!?」
相沢くんが、わたしの前にいた! わたしはびっくりして上履きを取り落とす。上履きは昨日相沢くんが貸してくれた、シンデレラの靴だ。
きらきら光る、魔法の上履き。
わたしは上履きをゆっくり履いて、一歩踏み出す。
『お笑いなんて分からない。』『お笑いに手きびしいのは、かん違い。』
二言だけそっけなく書いてしまったページを、相沢くんに見せた。
反応を見るのが、こわい。
がっかりさせちゃったかな? 付き人なんかやって、損したって思われるかな?
相沢くんは、なんだか、震えているようにも見える……。
「……姫の貴重なお言葉、ありがたく受け取りますぞ!」
突然ぺこりと相沢くんは一礼した。
「お笑いのことを分かったような気になっている、おれさまこそがまだまだ修行が足りなかったってことだ! かん違いしてすまなかった、姫!」
……ええっと、謝られることじゃないんだけど……。わたしは戸惑う。「分からない」を示そうとして、首を横に倒す。
「ああ、いや、困らせちゃいけないな。本当のことを言おう。相川小織さん……姫が、おれさまの変顔では笑わなかったことは、たしかにこれからのお笑いの参考になると思ったんだ。だけど、それ以上に……えっと……」
相沢くんは、珍しく言葉に詰まって口ごもった。
「姫はもう覚えてないかもだけど、おれらの漫才のオチのところで姫がちょっとだけ笑ったんだ……。ネタで笑ってくれたのかどうかは、分からないんだけどさ。でも、あの可愛い笑顔を、この人の近くでもう一度見たいと思った。このお姫様を笑わせたいと思った。それが、付き人になった一番の理由、なんだ……だから姫がお笑いにきびしいかどうかは関係なくって……付き人をこれからもやらせて、ほしい」
……! 可愛い笑顔だって……っ! わたしはその言葉に本当に、ほんっとうにびっくりして、顔がりんごみたいに真っ赤になってるんじゃないかと思う。
それがばれないように、こくこくと急いで頷くと、ダッシュで教室まで走っていった。
こおり姫とお笑いキング 詩月みれん @shituren
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