自己紹介ピンチ!

 始業式が終わって、教室に戻ってくると新しい担任の山村先生がプリントを配る。後ろの席の相沢くんは、わたしが回したプリントを「ははあ〜っ」と大げさに受け取った。

 プリントを読むと山村先生は去年まで六年生の担任だったらしい。卒業までの思い出が書いてあって途中まで読みふけっていると、

「じゃあ、出席番号一番の人から順番に自己紹介してもらおうかな」

と、突然声が降ってきた。山村先生がにこにことわたしの方を見ている。出席番号一番! わたしだ。

 自己紹介って、えっと……、やっぱり、立って喋るやつ……? わたしはおずおずと席を立つ。いすが床に擦れる音がわたしを追い立てる。

 立ってしまってから、クラスの人達の注目がこわくてうつむく。

 今までの先生は、わたしが喋れないということが分かってて、わたしに当てないでくれたり、代わりにわたしのことを紹介してくれたりしていた。

 でも、山村先生はそんなこと知らないから……っ。どうしよう、山村先生や初めて同じクラスになった人に変に思われてるかな? 今まで同じクラスだった人も、「そろそろ相川さん喋ればいいのに」ってうんざりしてたりしないかな。困っているうちに時間がどんどん過ぎていく。今から座るのも変だし、最初から立たなければよかったかな……。緊張で呼吸が速くなるのが分かる。


「このお方は相川小織! 皆の衆も気軽に『姫』と呼ぶが良い!」

「……っ?」

 びっくりして息を呑んでしまった。後ろの席の相沢くんがわたしの代わりにわたしを紹介してくれたんだ。

「でもおれさまは、姫の付き人になることにしたから、姫への用件はおれさまを通してくれても良いぞ!」

「えっと、相沢くん? が相川さんの紹介をしてくれたってことでいいのか、な?」

 先生がとまどいながら相沢くんに言う。

「相川さんと相沢くんって仲が良いのかな、えーっと、相川さん、趣味とか、好きなものとかある?」

「姫が好きなものはお笑いです!」

相沢くんがそう答えたけどわたしお笑いにそんなにくわしくないよ!

「お笑いが好きなのはひなキングの方だろ!」

と男子からもツッコミを入れられてるし!

 わ、わ。わたしはプリントに『子どもの読書週間』って書いてあるところを見つけて、『読書』のところにマルを打った。……お気に入りのペンだけど思った以上に太いピンクのマルになっちゃった……。『読書』のところを指さして相沢くんに見せる。

 相沢くんはわたしにだけ見えるように親指を立てた。

「姫は本が好きで読書をしまくる猛勉強家でもあるぞ!」

勉強家??? そこまでは書いてないよ〜っ!

「そっか、相川さんは読書家なのか。じゃあ、そんなに相川さんのことを分かってる出席番号二番、相沢くんはどんな人なのかな?」

 山村先生の視線が相沢くんに移り、わたしはほっとする。

「はい、おれさま相沢陽向はお笑いが大好きで芸人を目指してます! 去年は四年二組! 去年はお笑いコンビの『キングtoナイト』を組んでたんだけど……」

 わたしはナイトこと内藤星夜くんの席をちらりと見る。教室のちょうど真ん中辺りの席だ。内藤くんは相沢くんの言葉に、不満げに眼鏡を外してそっぽを向いた。……なんだか、わたしじゃなくても声をかけづらい雰囲気だ。

「おれさま、五年生からはお笑いの修行をやり直すために、姫の付き人をすることにしました!」

 相沢くんはここでも高らかに宣言した。お笑いのことなんて、ほんっとうに分からないんだけど……っ。

 きっと、相沢くんはわたしをかん違いしてるんだ。

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