シンデレラの上履き

 人違いをされた! と思った。たぶん仲のいい女子とわたしを間違えたんだ。ママが編み込みなんてお洒落さんみたいな髪型にしちゃうから……? でも、出席番号一番って言ったよね。うん? もしかしてわたしじゃない出席番号一番の子がいるのかな? 相川小織って名前の人がもう一人いる?

 って、混乱していろいろ考えてたけど、相沢くんはキラキラしたまっすぐな目でわたしを見ている。握られた手が熱い。

 どうして? わたしの頭は疑問でいっぱい。喋れないまま、どんどん溜まっていく――。

 何も言えなくて、申し訳ないよ――!

「いやー、姫、さすが! おれさまとの感激の再会にも超絶クールな塩対応!」

 相沢くんがわたしから手を離し、ぱちぱちとわたしに向かって拍手をする。釣られて、他の人達も拍手をしだした。えーっ? わたし何もしてないよ!

「ひなキング、その女子どうしたの……?」

 ようやく、男子の一人がキングに聞いてくれる。良かった、わたしもそれ知りたかったんだ。

「よく聞いてくれた! このお方はだな、キングtoナイトのおなじみの顔芸でも唯一笑わなかったクールなこおり姫なのだ! お笑いに手きびしい笑いの姫だ!」

 えええええっ? 確かに、わたしは喋らなくて表情も固いって言われるけど……、それが、お笑いに手きびしい姫ってことになっちゃうの~~っ?

 わたしは心の中ですっごくびっくりしているんだけど、たぶん表情には出ていない――。


「と、いうわけでおれさまは姫の付き人をやることにしたんだ。あっ、付き人というのは、師匠の世話をする人のことな! おれさまの尊敬する芸人さんも……」

 相沢くんは集まってきた周りの人たちに説明してる。わたしは、もう、いいかな……? たくさんの人に注目されてると、落ち着かない……。

 はやる心を抑えて、人だかりをひっそり抜け出した。靴箱のところに来たわたしは、あっ、と思った。

 名前のシールが貼ってない。

 新学期だからまだ誰がどの靴箱に靴を入れるか決まってなくて、好きな場所に入れていいんだけど……。

 問題は、上履き。春休みに持って帰った上履きを、わたしは今日、持ってくるのを忘れちゃった!

 わたしはおろおろしながら靴を入れて、靴下のまま廊下に踏み出す。

 ひんやりした廊下の感触。他にも上履き忘れた人いるかな。先生に注意されちゃうかな。

「姫!」

 後ろから相沢くんが追いかけてきた。

「姫、靴下だと滑りますぞ! 滑るのはお笑いの大敵、おれさまだけで十分だ! 姫はおれさまのを使うんだ」

 相沢くんが自分の上履き袋から、上履きを出した。

 わ、わ。

「ちゃんと洗ってピッカピカだから臭くないぞ!」

 その上履きはピッカピカな上にギラッギラだった。透明なラインストーンでデコってあって、なんだか、シンデレラに出てくるガラスの靴みたいだ。

 あっ、一番有名なシンデレラのお話に出てくるのがガラスの靴なだけで、お話によっては金の靴だったり、ダイヤの靴だったりするんだよ。

 上履きはダイヤの靴みたいにも見える。とにかくゴージャス!

 相沢くんは、シンデレラに靴を履かせる時みたいにしゃがんでわたしの足元を見ている。

 どきどき。

 わたしはそーっと足を伸ばして、靴の中に足を入れる。相沢くんが踵を入れてゴム紐をかけてくれる……けど。ちょーっと、ブカってしてる……。でも、歩けないことはないかな。二、三歩歩いてみる。

「お、おれさまよりお似合いじゃん。さすが姫!」

 相沢くんはニカッと笑う。おひさまみたいな、まぶしい笑顔。

 上履きを貸してくれて、ありがとうって言いたいけど、でも……。わたしは感謝の意味だけでも伝えたくて、小さくお辞儀をする。したつもりが、ちょっとうなずくだけになってしまった。

「ははっ、よきにはからえってことだなっ」

 えっ、そんなっ、上から目線じゃなくってっ……、ほんとうにありがたく思ってて! 頭で言い訳してるうちに、相沢くんはぺたぺたと音を立てて裸足で歩き出す。

「いやー、おれさま、上履きない方が動きやすいんだよね」

 ……そ、そうなんだ。さすがキング、堂々としてる……。

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