こおり姫とお笑いキング

詩月みれん

喋れないわたしとお笑いキング

 今日から五年生。ママが気合いを入れて、わたしの髪に編み込みを作ってくれた。

 わたしが着ているのは、襟がレースになった水色のブラウス、裾に青い小花の刺繍が入った真っ白なロングスカート。青い空によく似合う。

 学校に行く途中に赤ずきんちゃんみたいにお花畑に寄り道したいくらい。

 だけど。

「今日くらいみんなにおはようって言いなよ、小織こおり

 って、ママの言葉に現実に引き戻される。

「……」

 わたしはうつむいて、口を閉ざす。意識しちゃうと、もうママとも喋れなくなる。

 わたしは、家の外だとうまく喋れない。学校でも、全然喋れない。

五年生になったって、変わらないのかもしれない。

「……せめて、笑顔ぐらいはさぁ」

と、ママがほっぺたを突っつくけど、暗くなったわたしの顔は、氷みたいに動かない――。



 学校に着くと、昇降口の前に人だかりが出来ていた。クラス替えの貼紙がしてある。

 わたしの名前は「相川小織あいかわこおり」。出席番号はだいたい一番だから、貼紙のどこに名前が書いてあるのか探しやすい。

 五年一組の一番上に、「相川小織」と書いてあるのを見つけた。ふう、と息を吐く。

 もしも貼紙のどこにわたしの名前が書いてなかったらどうしよう、と思ったからだ。

 先生にもわたしの存在が忘れられていたら、昇降口の前にずっと立ち尽くしていなきゃいけなかった。

 貼紙に書いてある他の人の名前をざっと見る。

 知っている名前と知らない名前、半々くらいかな。知っている名前の人でも、誰とも喋ったことがない。わたしは耳をすませる。

「キングtoナイト、二人とも一組なんだ」

「でもあの二人コンビ解散したらしいよ」

「え、もったいないー」

 人だかりの中でうわさをする声がした。わたしは、喋れないぶん、他の人の話を横から聞くようにしている。……盗み聞きなんてあんまりよくないことは分かってるんだけど……。

 ともかく、「キングtoナイト」については知っている。今まで同じクラスになったことはないけど、お笑い芸人を目指してコンビを組んでいた二人組だ。

一回キングtoナイトの漫才を見たことがあって、「おれらの名前だけでも覚えていってください!」って言ってたから、覚えた。わたしの好きな童話をネタにしてくれて、ちょっと嬉しかったのも覚えている。

 えーっと、「ナイト」の方がダジャレの内藤ないとうくんで、「キング」が……、

「姫ぇ―――――! 探しましたぞ姫!」

 突然大きなよく通る声が響き渡った。そう、このちょっと低くて良い声が「キング」の声だ。「声変わりしてイケボになった」って、女子が言ってたのを聞いたことがある。

「おれさま相沢陽向あいざわひなたキング! 五年一組、出席番号二番! 姫と、出席番号一番と二番で並んでいるなんてまさに運命!」

 突然わたしの手がくいっと引かれた。え?

見ると、「キング」こと、相沢陽向くんがひざまずき、わたしの手を握っている……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る