第22話 あなた様の側で見つけたいのです
こちらを見つめる赤い瞳が揺れた。
「怖くは、ないのか? あれを見て」
「怖い? むしろ綺麗だと思いましたよ。それに瞳が……」
「瞳?」
「ええ。竜になっても、私を見つめる瞳は優しかった。猫になった私に向けてたときと同じで」
「……今更だが、猫のあなたに向けた言動全てを、夢だったということにはできないか?」
「無理ですね」
ハッキリ言い切られ、セイリスは再び頭を抱えた。
さっきと逆の立場になり、笑いがこみ上げてくる。
猫に甲斐甲斐しく世話を焼く夫の姿を思い出しながら、レヴィアは訊ねた。
「動物、お好きなんですね」
「そうかもな。人間には恐れられたが、妙に動物には懐かれる性質でな。グラソンがいなかった頃は、あなたと行った森の広場で、寄ってきた動物に話しかけていたものだ」
寄ってくる動物たちだけには、彼も無条件に心を開いていたようだ。そのなごりが、猫に変身したレヴィアの前で出たらしい。
もしかすると動物に懐かれるのも、呪いの影響かもしれない。
ゆっくりと頭を上げたセイリスが、様子をうかがうようにレヴィアの顔を見た。
「先ほどの件だが……本当にいいのか? このまま私の妻で居続けて」
「もちろんです。逆に、あなた様はよろしいのですか? 猫の呪いを持っていただけでなく、それを隠していた私を、お許し頂けるのでしょうか?」
「許すもなにも、私も隠していたのだ。呪いの件を知られ、あなたに拒絶されたくはないという理由で。本当にすまなかった。それに呪い持ちの苦労は分かっている。私があなたに怒りや嫌悪感を抱く道理はない。むしろ……これ以上ないぐらい、嬉しく思っている」
(これ以上ないぐらいって、喜び過ぎでは?)
とは思いつつも、呪い仲間がいるという意味では、レヴィアも嬉しい。だから笑顔を返す。
「ありがとうございます」
「もう一度聞くが、本当に――」
「二言はありませんよ、ご安心ください」
何度確認すれば気が済むのだろう。
夫の心配性な一面を見て、心の中で小さく笑う。それと同時に胸をなで下ろし、彼と夫婦を続けられることが嬉しくて堪らなかった。
「正直、私には愛というものがよく分かりません。今まで呪いのせいで、そういうものを遠ざけてきたので。ですが、あなた様の側にいれば、見つけられると思うのです――いいえ」
セイリスの手を強く握った。
喉の奥が熱くなる。
「あなた様の側で見つけたいのです」
彼の優しさを知り、心が落ち着かなくなった。
離縁を突きつけられたとき、苦しくて堪らなかった。
レヴィアにとってこの結婚は、ただの利害の一致ではなく大切な絆になっていたのだ。
(私は、セイリス様に恋をしている)
今はただ惹かれ、求めてやまない相手だが、やがて互いを思いやり、命を懸けて守りたいと思うほど大きな存在へと変わるのだろうと思う。
少しずつ、
時間を掛けてゆっくりと。
レヴィアの手にセイリスの手が重なった。
視線を逸らしながら、セイリスがもごもごと口を開く。
「あの猫があなたなら……私の気持ちを、もう知っていると思うが……」
まあ知ってはいる。
あれだけレヴィアへの好意を、隠さず口にしていたのだ。
しかし、
「知りません」
レヴィアはとぼけることにした。
予想外の返答に目を丸くしている夫の顔を覗き込みながら、口角を上げる。
「だから伝えてください。あなた様の口から――」
聞きたかった。
自分への気持ちを、彼の言葉で。
セイリスの手が離れ、レヴィアの頬に触れた。
滑らかさを楽しむように、指先が肌の上を滑る。こそばゆい感覚に身を震わせ、瞳を閉じた瞬間、温かいものが唇を塞いだ。
驚き、目を開けた時には、セイリスは先ほどと同じように椅子に座っていた。
いつもと同じ、心の内を感じさせない氷壁顔だが、唯一違うところをあげるとすれば、頬か赤くなっていることだろうか。
レヴィアの指が、無意識のうちに自身の唇に触れた。
キスされた部分が熱い。気を抜けば、思考を放棄してしまいそうになる。
だが彼の言葉が、レヴィアの意識を今に引き留めた。
「レヴィア、愛している」
真っ直ぐで、飾りっ気のない告白だった。
しかし、何一つ間違ってとらえようのない、強い言葉だった。
赤い瞳を細め、微笑む彼の顔が目の前にあった。
猫のレヴィアに向けられていたもの以上の、愛おしさで満ち溢れた表情が、人間のレヴィアに向けられている。
今まで彼の心を覆い隠していた氷壁が溶け、本当の想いが表情に表れている。
レヴィアが求めていた笑顔が――
生まれて初めて面と向かって好意を告げられ、何も言えなくなってしまう。許容できる羞恥は、とっくに越えてしまっていた。
爆速する心音を感じながら、何とか口を開く。
「あなた様のお気持ちが、とても……とても嬉しいです。これからも、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ……改めて頼む」
「はい。もうお気持ちを表に出すのを我慢しなくて良いですからね?」
「わ、分かっている。あれは……利害の一致で嫁いできたあなたに、余計な負担をかけたくなかっただけで……」
「分かっておりますよ」
痛いところを突かれたのか、セイリスはジト目で見てくるが、レヴィアは涼しい顔で受け流した。
セイリスの声色から、恥ずかしさと焦りを感じ取り、気持ちが落ち着いてきたからだ。ドキドキしていたのが自分だけではないと知り、ホッとする。
どうやら自分は、相手が焦ったり恥ずかしがっているのを見ると、逆に冷静になれるようだ。
そんな中、セイリスが少し言いにくそうに口を動かした。
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