第93話 暗躍のヒロイン(ヴァーミリオン視点→チェルシー視点)

 地の精霊王と無の精霊王を俺の召喚獣にしてから二ヶ月が経った朝。

 王城の南館の俺の私室に、兄が甥っ子のミューニクを連れてやって来た。

 義姉のアテナは、王妃である母シエナと貴族の夫人を招いて、お茶会をしている。

 所謂、女性貴族の情報収集だ。王城以外での情報を女性目線で知れるので、意外と有益な情報も混ざっているらしい。更には極稀に王妃や王太子妃に牽制を掛けようと考える残念な夫人もいるらしい。

 そんな陰謀渦巻く貴族だらけのところに、生まれて間もない王族の赤ちゃんを連れて行くにはいかないので、兄がこちらに連れて来たようだった。

 ミューニクは生後三ヶ月くらいになり、首もしっかり据わり、縦抱きも出来るようになっていた。

 ……甥っ子だから、余計に成長が早く感じる。

 生まれた時は少なかった髪も、今は少しずつ増えて、ふさふさだった。

 そんな甥っ子を膝の上に乗せてあやしていたら、兄が低く呟いた。


「……ねぇ、ヴァル。自称聖女と名乗る平民の編入生、私の権限で捕らえていいかな? 潰したいんだけど」


 言い知れぬ嫌な予感がした俺は、咄嗟にミューニクの両耳を塞いだ。

 間に合って良かった。

 流石に、潰すは生後三ヶ月の無垢な子供に聞かせる言葉ではない。ミューニクがきょとんとつぶらな瞳で俺を見上げる。可愛いなぁ、赤ちゃん。

 普段の兄なら、気を付けるはずなのにどうしたのだろうか。

 それに、兄まで潰すって言った。

 これはやはりカーディナル王家の遺伝なのだろうか。


「……どうかしたのですか? 兄上。捕らえるのは確固たる証拠を集めるまで泳がせておくようにと、父上とヘリオトロープ公爵が仰ってましたよね?」


「……うん。そうなんだけどね、最近、面倒なことが増えてね……」


「面倒なこと、ですか?」


「何故か、父上やヘリオトロープ公爵ではなく、私にパーシモン教団の神官達が、自称聖女と名乗る平民の編入生とヴァルで婚約しろ、ウィスティちゃんとの婚約は破棄するべきだ、と嘆願してくることが増えてね……」


 兄がとっても嫌そうな顔で教えてくれた。


「……へぇ……そうですか……」


 思わず、冷気として魔力が漏れてしまい、俺が縦抱きをしているミューニクが小さくくしゃみした。

 俺は慌てて、漏れた魔力を消して、空間収納魔法から甥っ子用に作ったブランケットをかける。


「……教皇や枢機卿が言ってくるのは、まぁ、一万歩譲って聞くだけはしてあげるよ。それでも認めないし、断るけど。たかだか一介の神官程度が、王太子である私に嘆願して、通ると思っているのがおかしいし、腹が立つ」


 冷えた低い声で、兄が呟いた。

 わぁー……兄が凄く怒ってる。ここまでは久々だなぁ……。こんなに怒ったのって、フォギー侯爵の時かな。それも、尋問で俺がフォギー侯爵に色んな意味で狙われていたことが分かった時。父より怒っていて、ちょっと怖かった。

 兄がこんなにも怒っているし、パーシモン教団、本当に潰れるんじゃないかな、カーディナル王国の支部。


「それに、何処からどう見ても、ヴァルとウィスティちゃんはお互いが想い合ってるし、お似合いだよ。私とアテナよりも婚約期間長いのに、お互い不満を漏らすこともなく、むしろ、長年連れ添った夫婦? って思うくらいに自然に見えるし。そんな可愛い弟とその婚約者の婚約を破棄して、ぽっと出の自称聖女と名乗る平民の編入生とヴァルが婚約? お似合い? 何処が? 馬鹿じゃないかな」


 ストレスがかなり溜まっていたのか、兄が不満を漏らした。しかも、チェルシー・ダフニーに対して辛辣だ。


「あー!」


 ミューニクが兄の言葉に賛成するように反応した。やっぱり、この子、俺達の話を理解してるんじゃないかな。


「……ありがとうございます。でも、わざわざ教皇や枢機卿、大神官ではなく、神官が兄上に直談判しに来るのですか? 王太子殿下に?」


「面と向かっては来ないよ。流石にそこまで王太子は簡単に会えないよ。謁見を申請したとしても、私も却下するよ。だから彼等は嘆願書で、毎日私に訴えて来るんだよ。それも王都に住む者達の嘆願に紛れ込ませてね」


 俺からミューニクを受け取った兄は苦笑する。

 うわぁ……神官からどうでもいい嘆願書が毎日……俺も嫌だなぁ。兄のストレス、とんでもないことになってるんだろうな。

 俺が悪い訳ではないけど、何だか申し訳ない。


「とりあえず、何処の嘆願書かをヴァイナスに調べてもらったら、王都のパーシモン教団の教会付近の神官達と、今はないけどダブ村の神官からだったから、もうね、魅了魔法が怖いよ。ヴァルみたいに常に晒されてないけど、嘆願書だけで魅了魔法の怖さが分かるよ」


 そう言って、兄はミューニクを抱っこしながら、俺の頭を撫でる。ついでにミューニクからも頭を撫でられる。この子、下に弟か妹が生まれたら、将来、兄みたいになる気がする。


「だからね、ヴァル。本当に困ったことがあったら、私に相談して。ヴァイナスと一緒に調べるし、守るから」


「あー!」


「ありがとうございます、兄上。ミューニク」














 そんなほっこりした日の次の日。

 俺の精神的疲労は限界を超えていた。

 折角、甥っ子で癒やされて、今朝の馬車でウィステリアに癒やされたのに、どうしてたった数時間で限界を超えるんだ……。


『紅……。何処かで暴れる場所、ない?』


『ないな。あれば、我がすぐにリオンに教えているぞ。グラファイト帝国に見つかっても問題なければ、暴れる場所があるが……お勧めは出来ない』


 お互い、念話で話しながら、溜め息を漏らす。

 今日は朝から面倒臭かった。

 というのも、チェルシー・ダフニーが友人達を押しのけて、俺に近付いて、腕に触れようとしたことから始まり、すぐ解除されるのにめげずに授業の度に魅了魔法を掛けてきて、授業と授業の間の休憩中には俺が好きらしいお菓子を渡そうとしてきたり、ウィステリアに罵声を浴びせようとしたり、俺が離れている間に、ディジェム達には俺がチェルシー・ダフニーと結ばれるのが必然で、ウィステリアが邪魔していると訴えたりしたらしい。

 戻ってきた時に、それを目撃した俺が冷やかに怒り、チェルシー・ダフニーが怯えて逃げる……ということを朝から放課後までされて、俺の精神的疲労は限界まで来てしまった。


『リオン、あの娘が渡そうとした菓子は好きなのか?』


「え、何言ってるの。あれが好きな訳ないよ。あれが好きなのは乙女ゲームの第二王子。俺は甘ったるいお菓子は苦手だよ。リアが作るような程良い甘さのお菓子が好きだよ。しかも、あれ、媚薬が数種類入ってたし」


『何だって?! 今の話、本当?! ヴァーミリオン様!』


 地の精霊王の琥珀が俺の目の前に現れて、聞いてきた。


「うん。媚薬を混ぜ過ぎたことで、あのお菓子、色がピンクになってたし。この国で非合法で売られてる媚薬、数種類を混ぜるとピンクになるんだよ。しかも、混ぜたことで強力になる相乗効果にはならなくて、逆に相殺されて、その……興奮しないらしいよ」


 この場に女性はいないが、紅や琥珀の前で、流石に卑猥な言葉は言えないし、言いたくないので、何とか言葉を探した。言葉が出て来て良かった。


『何で、ヴァーミリオン様がそのことを知ってるの?』


「一応、王族だからね。そういう被害に俺は起きる確率が高いから、子供の時からヘリオトロープ公爵に媚薬について教わっていたんだよ。ちなみに、相殺されるようになっているのは、非合法で作るように陛下から命じられた宮廷薬師の人のお陰だよ。他の媚薬を作っている者は全員捕まってるよ」


『え、王族が関わってるの?』


「関わってるというか、あまりにも子供の時に俺の食べ物に媚薬が混入してるから、怒ったヘリオトロープ公爵が陛下に案を出して承認されたんだよね」


 その内容が非合法の媚薬を王家に忠誠心の高い、腕利きの宮廷薬師に、混ぜるとそれぞれの媚薬の効果が相殺されるように数種類作ってもらい、それを王家の影の一人が売り、購入した者を国王に報告され、購入や使用した者は投獄されるという流れだ。

 ちなみに、他の非合法の媚薬を作った者はことごとく捕らえられており、今、非合法の媚薬を売っているのは王家の影のみとなっている。

 なので、そこで媚薬を数種類購入したチェルシー・ダフニーのことは、国王とヘリオトロープ公爵には伝わっており、月白に教えてもらい、俺が作った映像を残す魔導具を王家の影に渡しており、証拠も押さえられている。ちなみに音声付き。

 念の為、その王家の影には、俺が作った状態異常無効のアクセサリーを渡している。魅了されると困るので。


『何と言うか、あのクソ……ゴホン。平民の女、迂闊にも程があるよ! 一人で勝手に証拠増やしてるし! こっちは楽だけどね!』


「……もう、本当に俺、そろそろ限界が近いんだけど、今、捕まえちゃダメ……?」


 疲れ切った俺はつい、琥珀に首を傾げて聞いてしまった。


『うぐっ! ヴァーミリオン様、ちょっとその仕草は本当にやめて! 俺も人間の時は無意識にやっちゃってたけど、ヴァーミリオン様の攻撃力は俺以上だから、本当にやめて!』


 ぷるぷると震えて、顔を真っ赤にして琥珀が叫んだ。


『……リオン。落ち着け。リオンも分かっているだろう。今がその時ではない上に、元女神を剥がせないのは』


 俺の頭を撫でられながら、紅が宥めてくれる。


「……そうだけど、もう、この精神的疲労をどうにかしたい。あと、もう一回、何かされたら、ちょっと魔力漏れるかも……」


 その漏れる魔力は滅の属性になりそうで、ちょっとマズイ。


『……本当に、あの娘はリオンを困らせるのが得意だな』


『ことごとく、ヴァーミリオン様の苦手なコトをやらかすよね、あのクソ……ゴホン。平民の女! 婚約者様と正反対!』


「そこで俺の最愛を引き合いに出さないで。むしろ、ヒロインのことを好きな人っているの?」


『どうだろうねー? だって、人間って、どういう訳か物好きがいるからね。一人くらいはいるんじゃない?』


 琥珀が何故かふわりと舞いながら、俺を見る。


「魅了魔法なしで?」


『魅了魔法なしで。例えば、神官のスチール。俺は地の精霊王だから、大地が続くところは分かるんだけど、あいつ、魅了魔法に掛かってるけど、自分の意識もあるみたいだから、厄介だよ。パーシモン教団の関連は、平民の女よりあいつの方を注視しておいた方がいいよ』


「分かった。ヘリオトロープ公爵に伝えておくよ」


『うん。もちろん、俺も神官のこともだけど、平民の女のことも気を付けておくから。今度こそ、ヴァーミリオン様を守るから』


 琥珀がじっと俺を見つめた。


「大丈夫だとは思うけど、無理はしないでね。ヒロインや元女神のことで、何かあるのは嫌だから。覚えてないけど、折角、死んでも助けた命なんだから、大切にして欲しいな」


『それはもちろん。俺もやっと貴方の召喚獣になれたのに、もう退場はちょっと勘弁して欲しいです』


 そう言って、琥珀は笑った。






◆◇◆◇◆◇




「スチールさま! 村はどうなったんですか?」


 あたしの家の近くの教会にいる、神官のスチールさまの専用の部屋に行き、声をかける。


「聖女様! いらっしゃいませ。ダブ村ですが、部下に確認に行かせたところ、住民が全員いないとのことでした。もぬけの殻のようで、ダブ村一帯を治めている領主に聞いても、分からない、知らないと話していたそうです」


 何かの本? 聖書? を読んでいたスチールさまはあたしの声に反応して、顔を赤くしながら教えてくれた。


「そうなんだ。何で、村のみんなはいなくなったんだろう」


 スチールさまがおいしいお茶とお菓子のクッキーを出してくれた。それをあたしは食べる。おいしい。

 やっぱり平民のお菓子より、パーシモン教団のお菓子はおいしい。それよりもきっとお城のお菓子はおいしいのだろうな。


「早く、ヴァーミリオン王子と婚約したいなぁ〜」


 あたしの言葉に、ピクリとスチールさまの手が動く。


「……そうですね。聖女様はお可愛らしいのですから、その魅力に気付かれたら、ヴァーミリオン王子もきっと婚約して下さいますよ。それに、私達神官も王太子殿下に嘆願書を毎日送ってますから、きっと動いて下さいますよ」


「毎日?! ありがと、神官さま! やっぱり、スチールさまは優しいし、あたしのことを一番に考えてくれるんだね! スチールさま、大好き!」


 そう言って、あたしはスチールさまの腕にしがみついて、魅了魔法をかける。

 あたしが大好きと言うと、スチールさまはとても顔を赤くして、あたしの言うことを更に聞いてくれる。

 まぁ、あたしが一番好きなのはヴァーミリオン王子だけどね!

 その次はディジェム公子とセヴィリアンさま、ヴァイナスさま。スチールさまはその次だ。

 ヴァーミリオン王子は顔が超絶美形でお金持ちで、声も良いし、毎日見ても飽きない美しさだから一番好き。

 ディジェム公子は顔がイケメンで、魔王と呼ばれて怖いけど、お金持ちだから好き。

 セヴィリアンさまとヴァイナスさまは不幸で苦労をしたけど、そのはかない美形男子で、やっぱりお金持ちだから好き。

 スチールさまは神官の中では美形だし、あたしの言うことをいつも聞いてくれるし、あたしのためにお金を集めてくれるから好き。

 それに、スチールさまはあたしが好きと言うと、うれしいみたいだから、言ってあげるようにしている。

 その方が、あたしのために動いてくれるでしょ。

 スチールさまも、ヴァーミリオン王子もディジェム公子も、セヴィリアンさまも、ヴァイナスさまもあたしのことが好きになる。

 こんなにもモテるあたしって、罪な女ね!

 そのためにも、卒業パーティーまで、あの悪役令嬢をどうにかしないといけない。


「ねぇ、スチールさま。あの悪役令嬢、どうにかできないかなぁ?」


「そうですね……。少し、考えてみます。考えがまとまりましたら、お伝え致します」


「うん! お願いね!」


 大きくうなずいて、あたしは魅了魔法をかけながら、スチールさまのほっぺたに口づけた。

 これで、スチールさまはあたしのために色々考えてくれる。

 本当に大好きよ、スチールさま!

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転生王子は婚約者の悪役令嬢と幸せになりたい 羽山 由季夜 @kazemachi0925

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