最終章 ラブソングさがして
俺はもはや全身にどくが回ったようにダルく、まひで身体が言う事をきかず、頭の中はこんらんしていた。
心が全く動かない。ステータスは『しに』も同然だ。
俺はまた叔父さんのゲーム機に八つ当たり、もといリセットをするつもりで睨みつけていたが、カーペットのうえにへたり込むと深いため息が出た。
いや、どくのいきか。
こんなに何度やり直したって上手くいきっこない。
むしろどんどんと悪いエンカウントが起こるのは、このゲーム機の怒りだろうし、粗末に扱った持ち主だった叔父さんの呪いとも言える。
どうせ高経験値の金属スライムだってあっさり逃げるんだよ!
最終ボスが四分の一の確率で全回復魔法を使うことだってあるんだよ!
そこを乗り越えて、苦難の先にエンディングを見るのがRPGゲームの醍醐味だったに違いないんだ。
いつからだろう。
俺のやるゲームアプリはいつも課金しないとガチャも引けず強アイテムも貰えず、飽きてほったらかしにしてたら知らぬ間にサ終して、の繰り返し。
どんな乱数にも負けず、また課金に左右されずにコツコツと黙々と延々とゲームに向き合ってた昭和時代の子ども達に怒られる。
愚直にひたすらにゲームに向き合ったからこそのTASやRTAと言ったジャンルでの猛者が生まれた訳だし、それはひとえにゲームへの愛からだろう。
だからせめて、今のうちに自分の思いの丈を桃花に伝えておかないと。
俺はスマホを手に取ると、桃花にSMSを送るために文字を打つ。
どうせ俺は復活の呪文よろしく五十二文字までしか書けないんだから。
メッセージアプリより短文なこっちの方で充分だろう。
『おれは ももか そうだん
してく れたこ とすごく
うれし かつた ほんとは
すこし くやし いおれが
おまえ のこと いちばん』
結局、五十文字以内というSMSに収まり切らなかったこのマヌケさが所詮は俺の情けないところだっていうか。
といっても俺にはあと二文字しか書けないんだけどね。
しかも平仮名っていうのがもどかしい。
――俺がお前のこと一番良く知ってるし、お前の良い所も一番知ってる。だから先輩との関係で悩んだらいつでも相談に乗るから――
やっぱりなんか女々しい感じがするな。良い奴を演じておいてワンチャン狙ってるのに、そのまま先輩に持っていかれたら恥ずかしさで悶え死にしそうだ。
――俺がお前のこと一番近い存在だと思ってるから俺にもチャンスを欲しい――
これまた情けなさが際立つような気がする。もっと素直に俺もコクった方がいいんだろうか。
考えるのも面倒くさい。もういいか。
続きのSMSを打つのはやめて、あいつからの返信を待つとしよう。
だからなんか今までは単なる処分品という扱いで、叔父さんに呪いをかけられてからは腹立たしかったレトロなテレビゲームのカセットをプレイしてみることにした。
操作性は悪いし、キャラクターが歩くのも遅い。
テレビの画面はチラチラして見にくいし、音楽もチープだ。
だけど、なんだろう。
容量の制限だらけの中でも必死に創り上げたクリエイターの熱というか、こういうゲーム機がどんどん進歩していく過程で生まれた時代の熱気を感じる。
俺が今までやってた、全てが課金ユーザー向けにお膳立てされたスマホゲームとは大違いだった。
その時、スマホの受信音が鳴った。
メールじゃない。電話だ。
相手は桃花。
俺はコントローラーを放り出すと急いで電話に出た。
『あ、秀ちゃん? ごめんね、遅くに。今だいじょうぶ?』
「はい」
『あのさ……昼間に言った先輩にコクられたことで相談したいの。今からあの公園に来れる?』
「はい」
『ありがと。じゃあ五分後にね』
俺は急いで装備品をスウェットから私服に代えた。
そんでスマホを手に取って玄関を出た。両親もこれからコンビニに向かうくらいの感覚なのだろう。別に夜の外出を咎められたり声を掛けられることも無かった。
公園には桃花が待ってた。
普段は見慣れない私服姿のあいつだ。
「ごめんね、秀ちゃん。さっきのメール見たよ、ありがとう」
「はい」
「あたし、先輩からコクられたの、まだ自分でも気持ちがよくわかんないんだよね」
「いいえ」
「……秀ちゃんはなんとなくわかってくれる?」
「いいえ」
「でもさっきのメールでも書いてあったじゃない。あたしが相談したのが嬉しかったって。それに……」
桃花はなんか顔じゅうを真っ赤にしながらスマホの画面を俺に見せてきた。
「なんか一番大事なところが切れてるじゃない! この最後のとこ、『いちばん』の続きは無いの? なんで尻切れトンボみたいになってるの?」
あぁ、さっき送った俺のSMSか。
だって五十文字しか送れないんだからしょうがないじゃん。
それにどのみち俺の言葉は最大で五十二文字しか書けないんだから――。
いや、そっか。そうだよな。
五十二文字でいいんだ。
SMSだから送れなかっただけで、俺には残された二文字だけあればいいんだ。
それが俺の素直な気持ちだ。
俺は敢えてスマホからメールの続きを打って送った。
桃花が両手に握っていたあいつのスマホが受信音を鳴らす。
『すき』
俺は桃花 相談してくれたこと凄く嬉しかった
本当は少し悔しい 俺がお前のこと一番好き
なんかけっきょく五十二文字のラブレターになっちまったな。
だってこれしか思いつかなかったんだよ。
幼馴染だし、一番近い女子だし。
先輩に取られる前に俺が先にコクっとかないでどうするんだって話だ。
SMSを受信した桃花は顔から火が出るんじゃないかってくらい上気していたが、スマホで顔を隠すと上目遣いに本体のふちから瞳を覗かせる。
「あたしも先輩より……秀ちゃんがいいな」
「はい」
気づけば俺の部屋からあのレトロゲーム機だけが無くなっていた。
それと同時に俺は斜め移動もできるようになったし、喋れるようになった。
復活の呪文を教えてくれるセーブ神も姿を消した。
それに桃花とは乱数の偶然でエンカウントしなくても互いに強制イベントを発生させられるぐらいの間柄になった訳だし。
それから俺は夢を見たんだ。
子供の頃、夏休みにはじいちゃんばあちゃんちに泊まりに行った時のことを。
俺らが遊びに行くと叔父さんも時間を作って来てくれて、一緒にゲームをするのが楽しみだった。
いつも叔父さんのコレクションの中から対戦ゲームを選んで遊ぶ。
あの頃の叔父さんはゲームの上手いオトナって感じで凄いキラキラしてた。
そうやって尊敬の眼差しで見てた俺の頭をいつも優しく撫でてくれたんだ。
125KBと312bitで52文字の恋だから 邑楽 じゅん @heinrich1077
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