第4話


 アスラが日課の穴掘りを終えて用具倉庫へスコップを返し、事務所へ戻って来た時に人影を見つける。


「おや、教頭じゃ無いか」

「……アドラ君っ。もうそろそろ反省している頃だと思ったが、その様子じゃまだ"反省"が足りない様だねぇ、、、」


「……何の事だい?」

「な……おまっ」


 アスラは純粋に首を傾げた。


 その態度に教頭は頭髪の薄くなった頭を掻きむしりながら怒る。


「勤務初日のセクハラ!これだけでも異常なのに上司に対して『無能』などと宣う始末!加えてその言葉遣い!逆に何で君が自覚していないのか不思議なくらいだ!!」



「ルクレシア女史はとても恥ずかしがり屋の様だからね。あぁ見えて喜んでいるのさ」


「私は直接彼女からセクハラの訴えを受けましたが?」


「……」

「…」



「……ゴクリ」

「…」



「………。む」

「む?」



「む、『無能』と彼に言ったのは、僕に意味のない作業をさせる彼の指揮能力を評したまでだよ」


 セクハラの件には全く触れない


 極めてスムーズに話題を逸らしたアスラに教頭も驚きでツッコミを忘れてしまう。


「そもそも、それは君を反省させる為に」

「ふぅむ、反省、ね。それで、反省している様に見えるかな?」


 こいつ……、何を言っているんだと教頭は思った。



「……み……見えない」

「そうだろ?なら彼の指示は無意味でただ労働力と時間を浪費した訳だ。慈悲深く寛容な僕としても彼が無能である事は否定出来ないね」


 他人事のように自身に反省が無いことを指摘し、やれやれと首を振るアスラに、教頭は口をぽかんと開ける。


 そして思った、こいつ正気か、と。



 しかし教頭には彼を解雇する権利は無い。

 彼ら兄妹の任命を行ったのは理事長であり、その決定を覆すことの出来る人間は学園には居ないのだ。幸い、理事長は仕事内容については何も注文を付けなかったので、拷問じみた仕事を彼に振る事が出来たのだが。



 そう、強権を使って彼を辞めさせることはできないのだ。


(こんな事なら異動願いを出しておけば良かった…)


 これまで幾人もの跳ねっ返りを丸くした指導も、この狂った男には堪える様子もない。しかもよりにもよってその人物は理事長の任命。



(この手だけは使いたく無かったが)


「……実はもうすぐ三年生が異獣との戦闘訓練を行う予定でね」


「いきなりどうしたんだい。僕は植毛は専門じゃ無いし、そのツルツルの頭に植毛は無理だよ」


「まだ、ツルツルじゃないっ!……まったく。それで、対象となる異獣を捕獲しておく必要があってだね。君にその捕獲を任せられないかと思って、ねぇ」


 ねっとりとした声色で教頭は問いかける。

 ただの用務員が捕らえられようはずもない。異獣を捕まえられるようなら用務員になる訳が無いのだ。ただ、定期的に異獣を仕留めるだけで生活出来るのだから。



「異獣かあ」

「無理なら良いんですよぉ。ただ、そうなると君は用務員としての仕事するのは厳しいですかねぇ」


「分かった、捕まえてこよう」

「フフフ、期限は一週間ほどで良いですよ」




 ◆ ◆ ◆




 そして翌日。


 ドサッ


 足を縛られた動物が教頭の前に転がされる。


 狼のような姿のそれはバチバチと電撃を空中に放ちながらもがいていた。

 手足と口を縛られている事で身動きする事は叶わないが、その瞳は教頭に殺意を向けていた。


「え」


「ククク、どうしたんだい教頭?僕は用務員としての仕事をしたまでだよ」



 昨日の今日で達成するとは思わなかった教頭は言葉を失っていたが、それを見たアスラは楽しそうに指摘する。



「……ご、ゴホン。いや、ご苦労様でした。……あ〜、あれ、捕まえたのは一匹だけかね?私は一クラス分、20匹のつもりで頼んでい」



「おっと、手が滑った」ドドドサ

「!?」



 何もない空中から異獣が追加で落ちてくる。

 教頭は驚いて上を見上げるがそこには何も無い。


「運が良かったよ、ちょうど異獣を群れで見つけてね。ちょうど二十匹捕まえていたんだよ。本当に運が良かったよ」


 ニヤニヤと嘲笑うような笑みを浮かべながらアスラは告げる。


 これは流石の教頭も分が悪い。


「ぬ、ぅ、ご、ご苦労さまでした。あとは私が」


「あぁ、気をつけ給え」

「え?」


 彼が落とした異獣に首輪の拘束をしようとした教頭に静止が掛かる。


「縛って無力化してるからと言って、調近づきすぎるとからね。ククク。もしかするとなんてこともあるかもね」


 教頭の動きが硬直する。


(この男、私を脅してるつもりかっ!)


 ただ、危険そうだから怪我をしないように注意を促しているだけである。



「…それで、明日から僕はどんな仕事をすれば良いかな」


「……か、花壇の雑草取りをお願いします」


 脅されていると勘違いした教頭はアスラの顔色を伺う様に小さな声で仕事を言い渡す。



「ククククク、良いね。用務員らしいじゃないか」


 アスラは自身の髪を大きく掻き上げると、ニヤッと笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒を操る男、学園の用務員となる 沖唄 @R2D2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ