第3話
「ふっ」
スコップを土に差し込む。
「よっ」
スコップを持ち上げて穴の隣へと盛る。
「ふう」
穴の隣にスコップを深く刺して自立させると、タオルで汗を拭う。
「少し、疲れたなあ」
そう呟いたのは白い紙に墨をぶちまけた様な歪な髪色の男、アスラだった。
彼はここ一週間の間、生徒が訪れる事のほぼ無い、野外演習場の隅で土を掘っては掘った場所を埋めると言う作業を繰り返していた。
そう、彼は職場いじめという奴に遭っているのだ。
ここは異能力を持つ学生を育成する学園。
そのため通常の学校よりも多くの施設がありその清掃や備品の修繕、調達などに用務員が数十人必要となる程に広大である。
その学園の教師という、いわばエリートにセクハラした彼は上司から『野外演習場の土を耕して来い』と毎日命令される事となった。
「しかし、こんな場所を耕せだなんて、もしかして彼は少し頭が足りないのかも知れないな」
かわいそうに、と続けた後、彼は作業を再開する。
可哀想なのは彼の方である。
◆ ◆ ◆
一方、
「…という実験によって、異能力はこの界理結晶と呼ばれる体内の結晶体を介して発生している事が分かりました。また、…」
ロンドは二十数人の生徒たちを前に異能力についての説明を行っていた。
生徒たちは淡々と話す彼女の声によって眠りに誘われようとしていた。
「はいはい!ロット先生、界理結晶の臨界について教えてください」
唐突に彼女の説明を遮って一人の女生徒が手を上げて自己主張をする。
「…クラメアさん、また教科書の先を読みましたね。そこは来週説明します」
ロンドはすこしギロリと目を細める。
クラメアと呼ばれた生徒は「うっ」と怯むがそれでも知りたいらしく、期待するような視線を返した。
「…どうしても気になるなら、授業後にでも職員室に来てください」
「っ!……わかりましたっ」
色の良い返事をもらった彼女は手をおろして再び聞きの姿勢に戻った。
「…説明を続けます。通常の獣が能力を持った、異獣と呼ばれる存在がこの時期から見られるようになり……」
ロンドは、生徒に説明を続けながらも思考を回す。
(あれが、護衛対象ですか)
クラメア・フォースフィールド。この国の大臣を務める家系の子女であり、保守派の中心人物であるガイウス・フォースフィールドの娘だ。
保守派と言っても、能力者に対する締め付けを行っている訳ではない。
能力者と非能力者に対して同等の権利を認めているだけだ。
しかし、『解放者』とやらはそれが気に入らないらしい。
確かに国を回す政治家達の中で能力者の占める割合は少ない。
だが、それは単純に能力者がその能力を活かせる仕事に就くことが多いからであり、政治に置いて能力者を縛るルールは存在していない。
要は『特別な力を持つ俺達は優遇されるべきだ』という甘えた思想なのだ。
そういったいざこざもロンドにとってはどうでも良いものなのだが。
「…では、これで授業を終わります」
授業の終了時間を告げるベルと同時に説明を終えたロンドは、そのまま教壇を降りる。
ふと、教室の角の席が空白になっているのに気がついた。
彼女がここに来て一週間の間。その席の主の姿を見たことは無かった。
同僚であるルクレシアによると、入学からずっと出席していないらしい。
授業にでなくても大丈夫なのかとは思ったが、そういうものは本人の意思によってしか解決しないとロンドは思っているので、放っておいている。
◆ ◆ ◆
ロンドは職員室で細々とした仕事をこなしていた。
まだ、テストなどは行っていないので、それほど仕事は溜まっていないが、彼女が教師として働くにあたって学校側に提出しなければならない書類が結構あるのだ。
「ロット先生、いま良いですか」
見覚えのある小柄な少女の姿に、そういえば職員室に来るように言っていたことをロンドは思い出した。
「…大丈夫ですよ、結晶の臨界についてでしたっけ」
「そうです!教科書にはその状態だと結晶が大きく成長するとあるんですけど、どうなれば臨界状態になるんですか?」
「そんなことですか。簡単です。能力を使えば良いのですよ」
「でも、それだと常時展開型の異能はいつも臨界状態になっちゃうんじゃないですか」
「もちろん、ただ使うだけでは無いですよ」
「?」
「筋肉と同じです。限界の強度で体力の続く限り発動させるのです。……ただ、筋肉と違って臨界よりも先に疲労による生命の限界が訪れる事の方が多いです」
「な、なるほど」
クラメアは納得した様に頷いた。
「臨界の話に関連して、何故結晶の臨界が異能力の臨界と混同されるか分かりますか?」
「界理結晶が異能力の根源だから?」
「違います」
「…」
「全然違います」
「2回も言わなくても分かりますよ!……答えは何ですか?」
「二つが混同される理由、それは臨界に至る前と後では能力が別物だからです」
「能力が変わるって事ですか?」
クラメアは首を傾げる。
「水を操る能力が火を操る能力になる訳ではありませんが……そうですね、氷山を操る位はできる様になります」
「そ、そんなに…。もしかして先生の中には臨界を超えた人も居たりするんですか?」
その言葉を聞いたロンドは少し呆れた様な表情を浮かべる。
「貴方が知らないなら、ここに来て一週間しか経っていない私が知る訳が無いでしょう?」
「はっ、そうでした。先生があまりにも馴染んでたから…」
「…まあ、褒め言葉と捉えておきます」
「えへへ、すみません」
話がひと段落した所でロンドは何かを思い出した様な演技をする。
「あぁ、そういえばクラメアさんは寮でしたよね?」
「はい、そうですけど?」
「授業の資料を休んだ生徒に届けて欲しいのです」
「いいですよ」
ロンドは立ち上がって紙の束を手渡す。
「あら、襟に糸屑が付いてますよ」
そう言って制服から糸をとると同時に襟の下に、ボタン型のデバイスを差し込んだ。
「あ…。ありがとうございます」
「身なりには気を遣うようにしてください」
「はい、すみません」
一瞬落ち込んだクラメアだったがロンドが怒ってない事に気づいて少し気分が持ち上がる。
「さようなら先生」
「はい、気をつけて」
彼女の姿を見送ったロンドは職員室の教師の目が自分に向いていないのを確認した上で、小型のタブレット端末を取り出し、クラメアに取り付けたばかりの発信機の反応を確認した。
(音も録れてますね。これで寮に居ても監視できそうです)
兄と違って有能な妹である。
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