第2話

「ただいま、帰ったよ。ロンド」


「おかえりなさい。兄様」


家に着いたアスラ・ラースに、妹のロンドが言葉を返す。

彼女はコンピュータを操作しながら横目でアスラに話しかける。


「今回は大分掛かりましたね。まさか一週間もかかるとは思いませんでした」


「偶には時間や手間を掛けて仲を深めるのも、なかなか良い経験だったよ」



「それで、ナンパとやらは成功したのですか?」


「……まあ、結構いいところまで行ったよ。蜜月の仲になったと言っても過言ではないね」


彼はしれっと嘘を吐いた。甚だしく過言である。


「…そうなのですか。兄様は、毎日計測器でデータを取られる関係の事を蜜月と言うのですね」


見られてたのか、とアスラは気まずく思ったが、兄としての威厳を保つべく彼は取り繕った。


「……彼女は、計測フェチなんだよ。人を機械で測った数字を見ると、たまらなく興奮するんだ」


研究者であるはずの彼女は、知らぬ間に変態へとクラスチェンジさせられてしまった。


「……そうなのですね」


「そうなんだよ。あまり、人の性癖についてとやかく言うのは褒められた事では無いよ、ロンド。彼女の名誉の為にもこの話題はあまり掘り下げないであげてくれ」


いくら素直なロンドでも、そのような言い分を信じる筈は無いが、聞くなと言われてしまうと、もう追及する事は出来ない。


話題を仕切り直すように彼女はマグカップを傾ける。



「そういえば、兄様が監禁されている間に、リーダーから仕事が来てましたよ」


「内容は?」



「護衛です」


「護衛?むしろ彼なら襲撃する方の仕事を受けると思うのだがね」



「実際、襲撃は何度もしてますからね」


アスラ達は便宜上リーダーと言っているが、二人とリーダーと呼ばれる人物の関係は対等な物だ。

アスラはリーダーの組織のみでは遂行の出来ない仕事を彼に回してくる。


二人は報酬と、『人を殺さない』という事を条件に仕事を受けているのだ。


逆に言えばそのギリギリの行為はしている訳である。



だからこそアスラは護衛という一見真っ当な仕事に地雷が潜んでいるのだと考えた。


「どうやら敵対組織への妨害が目的のようです」


「あー、なんかあったね。何だっけ、なんたら者」


「『解放者』、ですね。能力を持つ者が持たない者を支配すべき、という思想の組織です」



「そうそう、そんな感じ。それで結局護衛の対象は誰なんだい?」


「この方です」


ロンドは手元のタブレットを操作してアスラへと向ける。

そこには、明るい笑みを浮かべる少女の画像が表示されていた。


「ふむ」


その活発な可憐さにも惹かれたが彼が気になったのは彼女の制服である。

護衛対象が学生である、ということは。


「もしかして、護衛というのは」


「はい、教師として潜入し、守る事になります」



「ふむ、そうか」


教師として普段は彼女を教え導き、ピンチには颯爽と救う。

やがて少女は教師に恋慕する。


雨の中!張り付くシャツ!

背後から抱きしめる少女!

二人の間を引き裂く数々の試練!

火照った身体!禁断の恋!

重なる二つの影!



アスラの中で走馬灯の様に妄想が過ぎ去る。


「ククク、ダメだよ。僕は紳士だからね」


後半の余り妄想が口から出て来てしまう。

ロンドはアスラを見る目で汚物を見た。


約十分のトリップを彼が終えるまでの間に彼女はもう一度コーヒーを入れ直し、授業の教材をパソコンで作成していた。


じっと腕を組んで目を閉じていたアスラだが、突然カッと目を見開いた。



「あり、だな」

「はあ、そうですか」


彼女はキーボードを打つ指を止める。


「では、来週から就任となりますので準備しておいてください」


「ククク、僕がなんでも教えてあげるから楽しみにしておきたまえ」


妄想が抜けきらないアスラは誰も居ない壁に向かって語りかけている。


ロンドは椅子を少し動かしてアスラから遠ざけた。


「では兄様は作業着でも用意しておいて下さい」


「ククク…………作業着?」


「はい。兄様は免許持ってないので用務員として潜入してもらいます」


「き、教師は」


「私がします」



アスラは地面に崩れ落ちた。





◆ ◆ ◆





「新しく赴任しました、ロット・ランスと申します。兄共々、よろしくお願い致します」


ロンドが用意していた偽名を名乗り、頭を下げる。




「あぁ、夜空の星の様に煌びやかな瞳の、そこの貴女。名前を教えてくれないかな」


「え、え……る、ルクレシア、です」



「名前まで綺麗とは流石だ、ルクレシア女史。今晩、お食事でもいかがですか。勿論、僕と二人きりで」


「その、今日は忙しくて」



「ククク、照れてる貴女も可愛らしいな」


都合よく解釈したアスラはロンドの隣に立った。


「僕はアドラ・ランス。皆んなよろしく頼むよ。……特にそこの美しい先生とはよろしくお願いしたいと思ってるよ」


「ひっ」


ルクレシアと名乗った教師は小さく悲鳴をあげた。


その日、お世辞にも正気とは思えない人物の赴任に、職員室はざわついたという。

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