強制ルート変更!

第172話 拠点に帰還!

木星機関の本拠地である都市<ガリレオ>。

其処は限られた人間しか立ち入る事が許されない都市であり、都市構造は従来の連邦に見られた都市形態とは一線を画している。

都市に付き物である不合理を一切排した画一的な都市区画を始め、特に大きな特徴は様々な生産設備を都市に組み込こん一種の巨大な生産プラント群としての側面を持っている点である。

それは人間が居住する都市としては在り得ない構造ではあるが、<ガリレオ>の住人は人間ではない。

機械仕掛けの都市に住むのは世界が滅びる前に連邦で大量に生産されたアンドロイドであり、彼らは人間が本来であれば必要とするインフラを必要としない存在である。

人間が居住する事を前提とされていない都市<ガリレオ>はアンドロイドによって建設、運営されている異形の都市であり、アンドロイドの為の都市でもあるのだ。


そんな、ある意味ではやりすぎな<ガリレオ>という都市の中心には限られたアンドロイドであっても特別な資格を持たなければ入る事が許されないビルがある。

建築物の大きさで比べれば都市にある幾つかの建物には負けるが、どの建物よりも高く強固に造られている建物が中心に聳え立っていた。

その建物こそが<ガリレオ>における唯一無二の存在、<タワー>と名付けられた巨大なビルであり、都市の全てを管理、掌握する心臓部でもあり脳を担う建物である。

そんな<タワー>内部には大量の警備機械とアンドロイドが24時間365日休む事無く警備を続け、ビルから少し離れた場所には完全武装状態のAWが複数待機しているという厳重な警備体制が敷かれている。

文字通り、或いは過剰とも言える警備体制は<タワー>が担う機能を考えれば当然ではあるかもしれないが、実体は少し異なる。

十重二十重に張り巡られた警備は<タワー>そのものではなく、その中に住まう重要人物である一人の人間をあらゆる危険から守るために存在する。

その人物こそ<ガリレオ>という都市の基盤を作り上げた人間であり、成り行きとはいえ緩慢な滅びに瀕していたアンドロイドを救い上げたノヴァである。


「漸く、漸く俺は帰って来た!」


そんなアンドロイドにとって恩人でもあり、文字通りがそれ以上の重要人物であるノヴァは久しぶりに足を踏み入れた自室を見て歓喜に震えていた。


「あ~、懐かしい座り心地だ~」


部屋に置いてあるもの作業の机に椅子、ベッドや本棚だけの簡素なものであるがノヴァにとって落ち着ける部屋であるのだ。

そして、ノヴァはお気に入りの椅子に座ると意味も無くクルクルと──途中から傍にいたルナリアも抱えて一緒に──回り始めた。


「くるくる~」


「くるくる~!」


「ノヴァ様、ルナリアが怪我をするので辞めて下さい。それとルナもお行儀が悪いのでノヴァ様から降りなさい」


「は~い」


「これからノヴァ様にはお仕事が待っています。ルナリアはノヴァ様の仕事が終わるまでお勉強の時間です」


「え~~」


『ノヴァ様、デイヴは執務室で待っていますので落ち着いたら向かて下さい』


「分かった。もう暫くしたら向かうよ」


ノヴァの返事を聞いたサリアは勉強に不満を表明していたルナリアの抵抗を物ともせずに抱き抱えて部屋から出て行った。

別れ際に名残惜しそうな顔をするルナリアを苦笑して見送ったノヴァも、部屋の懐かしさを十分に堪能してから部屋を出た。

執務室に向かう<タワー>内部の通路も懐かしく、外に見える<ガリレオ>の光景もまたノヴァが見る限りだと何も変わらず、辿り着いた執務室の中も以前とは全く変わらないままであった。

そして、執務室で定位置であった場所に立つデイヴの姿を見てノヴァは帰って来たのだと改めて強く感じた。


「久しぶり、デイヴ。俺がいない間に苦労を掛けた」


「本当ですよ。ですが、これで漸く私も安心できます」


互いに軽口を叩きながらノヴァとデイヴは互いの再会を喜んだ。

そして再会の喜びをかみしめながらノヴァが執務机の椅子に座ると同時に、壁面に埋め込まれたモニターが一斉に起動した。


「さて、一先ず都市機能の確認からするか。送ってもらった報告書で確認はしているが、改めて確認をしたい」


「分かりました。此方が最新の情報になります」


デイヴの操作によって執務室に備え付けられた巨大なモニターに都市に関する最新のデータが表示される。

幾つものグラフと膨大な数字によって表現される<ガリレオ>の現状をノヴァは素早く読み取り、何が起こっているが分析に取り掛かる。

だが、ノヴァの予想に反して<ガリレオ>には大きな問題は発生していなかった。


「一見する限りだと問題は起きていない。デイヴの差配で調整可能だったのか?」


「此方で大幅な調整は加えていません。決済が済んでいない計画を凍結しただけで<ガリレオ>は通常運転を維持しています。敢えて言うのであれば、私では<ガリレオ>の運転を止める事が出来なかったのです」


「問題を発生させない為に動かし続ける必要があった。言い換えれば、巨大すぎるシステムを止める事が出来なかったのか」


「はい、都市全体が効率化を最優先にして作られた為、緊急時の余裕と呼べるものがありません。運転中に不具合が発覚しても、無理を承知して動かすしかない場面が幾つもありました。正直に言えば、ノヴァ様の失踪がもう数ヶ月長引けば都市機能が停止する可能性は十分にありました」


「それは……自分で作っておきながら言うのもアレだが欠陥としか言いようがないな」


「<ガリレオ>の抱える根本的な問題と言えるでしょう。全てが上手く運んでいるときは最高効率を出しますが、問題が起これば複雑化した都市機能が麻痺を起こします。これは至急解決すべき問題です」


最小のコストで最大のリターンを得るのが<ガリレオ>のコンセプトである。

増え続けるアンドロイドと必要とされる生産設備と資源の増加に対応する為に無駄という無駄を削り、効率化を実現した結果として今の<木星機関>が存在する。

だが、ノヴァの不在という大事件を経て<ガリレオ>の脆弱性、ノヴァという替えの利かないパーツによってしか運用出来ないという致命的な問題が明らかになったのだ。


「今後は前触れもなく失踪する予定を入れるつもりはないが、人生は何が起こるか分からない。これは可能な限り早く対応しないと危ないな。具体的な対応は現状の一極集中から生産施設を分散して配置。生産システムの過度な連結を防ぐ位か?」


「それに加えて、根本的に<ガリレオ>が受け持つ業務を減らすべきかと。兵器開発を始めとして、スクラップの再資源化など業務が一都市に集中し過ぎています。それがシステムの複雑化を後押ししているのです」


「改めてみると効率化し過ぎた弊害だな。自分で作ったものだが、もう少し余裕を持たせるべきだな。何より、アンドロイド側の負担が大きすぎる」


「丈夫なアンドロイドが運用していた事も弊害が起きなかった原因ですね。これが人間であったら産業事故が多発していたでしょう」


「やめてくれ、キャンプでのトラウマが甦る……」


帝国に飛ばされたノヴァが帰還の為に作り上げたキャンプもまた、初期の連邦時代と同じ様に資源不足や電力供給不足が頭の痛くなる問題であった。

それに対応しようとノヴァは帝国で作り上げたキャンプでも効率を最優先にした生産設備群を構築して問題を解決しようとした。

たが、ノヴァの予想に反してキャンプの生産設備群では幾つもの問題が立て続けに発生したのだ。

問題は、作業機械に服を巻き込まれた事案から設備の破損、資源の紛失と多岐に渡るものであった。

これが小さな問題の一つや二つなら作業員の不注意だと言い切れただろうが、重大事案が発生したとなれば話は違ってくる。

小手先の対策では問題は解決せず、従業員であるキャンプの住人が生産設備で大事故を起こし掛けたという報告を聞いてからノヴァは漸く自身の設計が間違っていたと理解した。

だがノヴァの脳裏に強く刻まれているのが自分の設計した設備で危うく腕が潰されそうになったキャンプの住人の顔だ。


──ボスは悪くない、俺が悪かっただけだ!

──彼の不注意が問題であり、ボスの設計には何も問題はありません。

──どうか、クビにだけはしないで下さい。お願いします!


擁護する声はあったものの、この事件を通して過度な効率化の先に待ち受けるものが何であるかをノヴァは理解した。

1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するハインリッヒの法則よろしく効率化を最優先とした設計が間違っていたのだ。

そして、これが人間からアンドロイドに変わってもノヴァの気持ちに変化はない。

寧ろ、アンドロイドだからと無理をさせていた事に申し訳なさを感じていた。


「いや、落ち込むのは後回し。とにかく今は<ガリレオ>のシステム全体を見直す必要がある。後回しには出来ないから、デイヴが凍結をした計画はこの際全て白紙に戻そう。システムに余裕を持たせる為に俺が不在の間に確保した……領地?いや、領域?デイヴ、確保した居住可能な土地は何て呼べばいい?」


「我々はエリアと呼称しています。一先ずは<木星機関>を中心にして番号を割り当て、正式名称としてはエリアと番号を合わせたものになります。此方であれば<エリア11>と呼んでいます」


モニター表示された地図の一部が拡大され、其処には大きく<エリア11>と書かれた映像が映し出されていた。


「……なんか、反逆されそうなエリアだな」


アンドロイドとしては深い考えがあった訳ではなく、只合理的な命名手段に則った呼称でしかないのだろう。

それに似ているのは名前だけであり、環境も状況も何もかも違う事を考えればノヴァの単なる深読みに過ぎないのだ。

これ以上の深読みは無意味であると判断したノヴァは、余計な詮索を脳内シュレッダーに放り込み、会議に戻った。


「なら各エリアに生産設備を分散配置しよう」


「実現した場合、生産効率は大幅に低下します。それでもよろしいのですか?」


「ああ、それでいい。それに生産設備の全部を移す訳じゃない。本当に重要な生産設備は手元に残して、エリアに移すのは最終工程の組み立てだ」


確保したエリアの住人にいきなり高度な生産設備を渡しても満足に使える訳が無い。

必要とされる知識も技術も欠けている現状では巨大なガラクタでしかないのだ。

だが、必要とされる部品を全て<ガリレオ>で用意して上で、最終的な組み立てだけを任せるのであればエリアに住む人間でも可能だろう。

多少の教育を受けさせる必要はあるが、必要経費である。


「それにエリアに住む住人にも仕事は必要だ。衣食住を貪るだけのニートを大量生産するのは防がないと駄目だ。後は大量雇用に最適なのが第二次産業である製造業だ。工場を作って、そこで働いて賃金を貰う。健全な労働を通して健全な生活を送ってもらう」


「賃金の使い道は?」


「キャンプで行った公営と民間を合わせた商業活動を此方でも再現する。基本的には支払った賃金は好きに消費してもらう。民間の方は提示する基準に合格した業者には許可を出す方針にする。これの参考資料はアーカイブに保存されていた連邦の行政データベースもあるが、帝国から持って帰った記録も役に立つ筈だ」


「でしたら生産設備の移設も含めて五号との話し合いが必要ですね。今からでも彼を呼びましょう」


「頼む」


大まかな枠組みであればデイヴの二人で作れるが、エリアが関わるのであればエリア統治を任されている五号にも話を聞く必要がある。

そうしたデイヴの判断により、会議は一旦中断して五号を待つ運びとなった。

だが、ノヴァの予想に反してデイヴからの要請にワンコールもしない内に五号は現れた。


『お帰りなさい、お父様』


「ただいま、五号。それでエリアの統治状況だが報告書に書かれたこと以外に何か懸念事項はあるか?」


『此方が最新のデータになりますが、現場に配属されたアンドロイドからも大きな問題は起こっていないと報告を受けています』


五号の声がスピーカーから響くが、執務室の中には五号の姿はない。

それは五号が他のアンドロイドとは違い実体を持たない人工知能であるからだ。

その為、現状のエリア統治は五号が最高意思決定機関として動き、現場に配属されたアンドロイドか実務を担当する形式になっている。

本体が<タワー>内部にある演算室から動けない制約を課せられた五号ではあるが、演算室の機能を十二分に生かし、各エリアから送信される多種多様なデータを分析して各エリアに最適化された指令を現地に送信していた。

この手法によって五号は遠隔地でありながらエリアを見事に統治してみせたのだ。


『居住地で恐怖政治を行っていた犯罪組織から我々に代わった当初は大小の混乱は起きましたが、今は安定しています。それどころか現状維持を求める声が幾つか報告されています』


「今の穏当な統治と食料の供給だけで安定しているのは、以前の生活に戻りたくない一心なのだろう。死んでいるのか、生きているのか分からない生活は俺でも御免だ」


『ですが現状の支援を永遠と継続するのは<木星機関>にとって大きな負担となります。工場移転の計画と合わせてコミュニティーが最低限の自立を可能とする方針を選択するべきです』


「五号が解析したデータでは、各エリアは共通して食糧自給率の低さと失業率が大きな問題となっています。仮に対策を講じないままコミュニティーの人口が増加に転じれば、我々でも対応に苦慮するでしょう」


「……生産設備の移転も大事だが、並行して食料生産も大事になるか。元々の自給していた分では不足している。<ガリレオ>で増築した食料生産工場とポールさんのとこから購入した分を合わせてもギリギリだな」


『我々の食料生産工場を各エリアに建設しても彼等には満足に扱えません。食料供給という生命線をアンドロイドが握るのであれば有効な手段です』


「……辞めておこう。自立心の寛容と帰属意識を植え付ける為に基本は耕作による食糧生産、耕作に適した土地が無ければ選択肢の一つとする位が丁度いいだろう。食料の生産指導には……そうだな、ポールさんのとこから指導員でも派遣してもらうか?」


「我々には耕作による食糧生産の知見がありませんから、専門家に頼りましょう。ですが、食料の過剰生産が発生した場合はどうしますか?」


「当面は在り得ないだろうが、食料は足りないよりも余らせる位あった方が安心できる。仮に過剰生産が起こっても此方で引き取る。使い道は何処かにあるだろうさ」


『分かりました。では次に──』


デイヴと五号を交えた会議は思いのほかすんなりと進んでいた。

これはデイヴ達が先行して詳細な情報を集めていたのも理由であるが、最終決定を下せるノヴァに迷いが無い事も理由であった。

だが、順調に進んでいた会議は五号の言葉によって一時的に止まる事となった。


『それと外部勢力からの正式な会談が幾つか申し込まれています』


「覚悟はしてものが来たか。申し込んだ勢力は幾つある?」


『後でリスト送ります。……それよりも大事な要件があるのですかよろしいですか』


「大事な要件?<ガリレオ>のシステム問題は話し合ったから違うとして……、AWの販売要請だったりする?それとも人類滅亡までの猶予期間?」


今迄の会議からして間近に迫った問題はデイヴからも、五号からも聞かされていない。

もしや、何処かで聞き逃したかとノヴァは急いで記憶を掘り起こして、該当しそうな事柄を並べていった。


『事柄としてはどれも重要事項ですが、違います。』


「それじゃあ大事な要件は一体なんだ?」


『…………』


ノヴァの問い掛けに五号は沈黙を返した。

それが何を意味するのかノヴァには見当が付かず、もしや非常に大きな問題を見過ごしているのではないかと嫌な汗が背中に流れた。

だが、ノヴァの緊張とは反対にデイヴは何処か微笑ましいものを見る様な声で五号に語り掛けた。


「五号、言えないのなら私から言いましょうか?」


『いいえ、必要ありません。私から言います。……お父様、大事なお話があります』


デイヴの呼び掛けで立ち直ったらしい五号は、何やら決意を固めた様な声でノヴァに話しかける。

ノヴァも五号の電子音声でありながら強張った声音を聞き、一体何を知らされるのか緊張しながらも身構えた。


『名前を……』


「名前を?」


『私に名前を付けて欲しいのです。五号という番号ではなく、私という存在を示す名前を下さい』


五号が口にしたのは<ガリレオ>の欠陥でも、エリアの統治でも、人類滅亡までの猶予期間についての話でもなかった。

だが、五号が口にした内容を聞いたノヴァは叱る事も、笑う事も無く、真剣な面持ちで答えた。


「成程、それは確かに大事な要件だ」


こうして、ノヴァが連邦に帰ってからの初の大仕事は<ガリレオ>のシステム調整でも、エリアの統治方針の決定でもなくなった。

だが、ある意味では非常に頭を悩ませる問題でもあった。

そして、会議がひと段落ついた後のノヴァは、<木星機関>の裏方で常に頑張っていた五号に与える新しい名前を必死になって考える事となった。

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迷い込んでしまったのはポストアポカリプスな世界でした(旧題:ポストアポカリプスなう!) @abc2148

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