式4

 意外と揺れるものだな。




 ヘリの乗り心地は想像以上に悪かった。アンバニサルで生きていた際に似たような乗り物に乗った事はあるが、その快適性は段違いである。騒音もかなりのものだ。




 それでも、人は空に飛んだのだ。原始時代は地に這いつくばり、空の高さなど考えもしなかった。いつ頃なのだろう、人が天に手を伸ばそうと思ったのは。ファンダムでもっと生きていればその瞬間に立ち会えたのだろうか。星に線を引き、神話を紡ぎ、いつしか自分達が頂まで到達したいという夢を語る瞬間に。




 場も弁えず、緊張感もなく思わずポエティックな事を考えていたが、俺は天へ渡るために建設されていた塔が神の怒りによって崩壊した神話を知っている。




 身の丈ってものがあるのだ、何事にも。人が神に匹敵しようなどとは烏滸がましいにも、不敬にも程がある。




 俺は神を信じていなかったが、神学を学んだせいかいつも頭の片隅に概念としてこびりついていて、敬いと尊びの心を持っていた。だが、神という存在そのものについて奉っているわけではない。つまり、神という概念をまとった道義、あるいは感覚、もしくは情緒を信仰していたのである。上位の貴族たちが主に取って代わって新しい世界の支配者になろうという考えは、その道義への冒涜であるから、倫理的な立場もさることながら全く賛同できなかった。エニスで聞いた事、ネストで経験した事がしっかりと思い出された事に加え件の道義に反する行いは看過できず、はっきりとした怒りの感情が湧き上がっていたのである。




 貴族だろうが平民だろうが人は人だ。支配などされてたまるか。




 ローターで風を切りながらヘリは進んでいく。間もなくクロックワークドミニオンというところ。俺は自らの感情に酔っていた。その怒りが正しく、自分こそが正義であると信じて疑わず、これまでの価値観をそのまま世界の真理だと盲信していた。だが、それが行き着く先はシュバルツが……世界が辿り着いた破滅思想だとこの時の俺は気が付いていない。それどころか自分達の理想郷を作ろうとしているレイモクエンの貴族たちと大差のないエゴイズムに近いという事も。




「緊張でもしているのか?」




 シュバルツだった。貴族たちへの怨嗟と、世界を救うという一方的な決意が表情に出て固くなっていたのだろう。




「そうだな。緊張しているのかもしれない」




 俺は少し大きく空気を吸って、シュバルツの方を向いた。




「意外と小心だな。なんども転生しているのだから、神経もすっかり逞しくなっているかと思ったのだが」


「俺は元々小人なんだ。人前で話す時や、大きな行事の前になると心臓が痛くなるくらい鼓動が早くなるし、頭も回らなくなる」


「そうか。無理しているんだな」


「そうだ。世界を救うなんてのは、俺なんかには過ぎた使命なんだよ本来は」


「だったら逃げ出せばいだろう」


「そうもいかない。俺は、人の命が散っていく様を何度も見てきた。虐げられ、暴力に屈し、助けを請うても誰も手を差し伸べてくれないような環境にいる人間を沢山見てきたんだ。そんな人間を救えるのにもかかわらず何もしない程、俺は図太くない」


「この世界を救いたいのも、人々のためか?」


「そうだな。それもあるし、俺のためでもある」


「……難儀だな君は。自身の価値を、自分によって作り出せない。誰かがいて初めて存在が許されるという錯覚に陥っているようだ」


「さっきの話の続きか? だったら付き合う気はないぞ」


「そうか。ならばこれ以上語る事もないが、私は君自身に大きな価値があると知っている。あまり、他者だの社会だの、それこそ世界だのといったものを気にしない方がいい。君は一人の人間として、生きていていいんだ」


「……ありがたい言葉だ。しかし、生きている価値があるか。反対に生きる価値のない人間もいるのか?」


「それこそ、先程の話に戻ってしまう」


「……そうだな」




 俺が世界を救えば……プリンセスティアラを破壊ないし無力化して画策されていた企画を公に発表すれば何人もの貴族が命を落とす事となる。命の選別をするのが俺の求めていた理想の世界なのだろうかというとそういうわけではない。それでは貴族達と同じである。ここで矛盾が生じる。大義名分を掲げ、正義を振るいながら命のためと叫んでも、結局は生きる人間と死ぬ人間を区別しているだけだという矛盾だ。




 悪人を正義の名のもとに殺す。どこの世界でも当たり前に行われてきた事だ。死んだ方がいい人間は多くいるし、殺した方がいい人間も、同じくらいいる。そうした人間を軒並み排斥し虐殺した世界は果たして幸せなのだろうか。血と肉の上に築かれたパラダイスは、本当に幸福となり得るのか。



 なおも迷う。これが俺の性だ。

 一方シュバルツはもう俺の方を見ておらず、目線は外にあった。その先には機械仕掛けの領地、クロックワークドミニオンがある。巨大で広大で、人々の眼と記憶を欺き続けてきた偽りの園。そこで俺は、プリンセスティアラと謁見を行うのだ。




 何を考えても、どれだけ悩んでももうすぐ終わる。馬鹿な男だな俺は。今更引き返す事などできないのに、正しいとか悪いとか考えているなんて。



「やるしかないというのにな」




 俺は小さく呟いた。その一言は、ヘリコプターのローターでかき消された。


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救え異世界 その身果てるまで 白川津 中々 @taka1212384

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