第6話 「死人」フランク

 どうしたことか、生きているらしい。


 今日という日を彼が迎えられたことを兵士はまだ信じられなかった。

 この国の王都は2日前から魔王の軍勢の総攻撃を受けていた。王城は総攻撃の初日に無残な瓦礫と化して、王城に詰めていた将軍や騎士、貴族達はごっそりいなくなった。城壁で護りについていた兵士や指揮官たちも城壁ごと叩き潰された。

 数週間前に魔王の軍勢との野戦で主力の兵団を失った王国に、そもそも抵抗する術があったのかどうかは1兵士でしかない彼にはわからない。それでも昨晩、魔王の軍勢の総攻撃があれば、残された兵士たちでは王都を守り切ることなどできずに住民は誰一人生き残れなかっただろう。ということは想像していた。

 相手が人間の軍勢ならば、降参するなり逃げるなりできたかもしれない。ただ、相手は魔物だった。多くの兵士はもう生き残ることを諦めていたし、彼もその一人だった。


 不思議なことに、昨晩は魔王の軍勢の総攻撃はなかった。それどころか、夜が明けると王都を囲んでいた地を埋め尽くすような魔王の軍勢はいなくなっていた。「どこかの勇者が魔王の討滅に成功したのでは?」と誰もが噂をしたが、この隙に王都を脱出しようとした兵士や住民の何人かが、王都を少し離れた先で魔物に襲われて命からがら帰って来たことで、その希望は潰えた。

 魔王の軍勢はそのほとんどが王城の周りから撤退したものの、まだ健在で一部が王都の周辺で未だに活動中だという。


 「フランク、お前は逃げないのか?」


 兵士はフランクと呼ばれていた。元々野盗だったフランクには真っ当な名前がなかったが、この国の兵士に徴兵される時に、名前がないのは手続き上問題があるとして

適当に名乗ってからはフランクが彼の名前だ。

 兵士の中には王都を捨てて、他の街に移動しようとする生き残りもいた。フランクも誘われたが、彼はそういう話には乗らなかった。

 王都から逃げて、他の街に行ったところで、知り合いはなく生き残る術がないことはわかっていたし、そもそも逃げようとしている兵士の中には元同業者がたくさんいた。逃げている最中に元同業者同士の諍いや殺し合いになりそうで、彼らと一緒に逃げても、そもそも近隣の街にすら辿りつけるかどうかが怪しかった。


 フランクが王都から逃げない一番の理由はフランクが「生き続けることを諦めてしまった」からだ。どういうわけか生き残りはしたものの、フランクは「明日より先の未来を生きていく」ように考えを切り替えられなかった。


 そんなフランクはなぜか、よその分隊の軍曹から「浮遊城の調査隊」への同行を誘われた。フランクには断る理由もなかったので、すぐに準備にかかった。軍曹の分隊が全員逃げてしまったという話は、しばらく後になってから聞くことになった。



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