第三十五話 それ、言えよ!
その後、強盗犯はやって来た警察に引き渡され、一年一組の芝居はなぜか強盗犯を制圧したことで一件落着という筋書きに変わってしまった。そもそもだいぶ筋書き変わっとったし、今更少しくらい変わってもええか。
親父の生配信は、強盗犯逮捕のライブ配信になってもーたせいか、いつもゲーム動画配信を見ぃひん人も見たらしく、とんでもないアクセス数になっとった。これでまた更に『サバトラさん』は有名になるんやろな。
午後からの回はちゃんと練習通りの芝居になったんで、午前の回を見に来た人も結構来とった。ちゃんとチャンバラができて、ジェイコブたちも太一郎も名倉も満足そうやった。俺もちゃんと「にゃあ」って台詞をテキトーに挟んだし。
四人の留学生たちもそれなりに満足してくれたようや。翌日アメリカへ帰らなあかんのに「帰りたくない」だの「このまま日本人になっちゃえ」だのムチャクチャ言うとったんがちょっと嬉しい。
翌日は日曜日やったんで、一年一組はみんなで空港までお見送りに行った。もちろん俺もやで。蕪月姉妹は「また来てね」って泣いとったし、葛城はハグしとった。ジェイコブは「今度来た時はタイチと剣を合わせたい」とか恐ろしいことを言うとったが、太一郎が妙に嬉しそうにしているのが俺にもわかった。
あの時の名倉の言葉、「この芝居は日本橋南雲屋吉右衛門が三代目、太一郎がその名を賭けて剣の動きをつけたんだ」が嬉しかったに違いない。あれは南雲太一という見かけのキャラに対して言うたんちゃうくて、太一郎本人のことを言うたからや。ほんで、「太一郎の邪魔をする奴はあたしが許さない」と……。
そんなこんなで四人組はアメリカへ帰り、俺らの日常は戻って来た。
日常が戻ったから言うて俺の体が戻ったわけちゃう。それでも俺はええと思う。俺やっぱ太一郎におらんようになって欲しくない。なんやあいつ好きやし、見てると応援したくなってきよる。特に名倉のこと。まあ、名倉の方は全然そういう目で太一郎を見てへんけどな。
せやけど、今日は太一郎が帰りがけに思いがけないことを言うたんや。
「名倉さん、今日うちに寄って行きませんか? 白玉団子、一緒に作りませんか」
おっしゃ! 太一が誘った!
「いいのかい? 南雲屋さんの跡取りから直接白玉の作り方を教えてもらうなんて、随分贅沢だねぇ」
「白玉と言わず、なんでも教えますよ。じゃあ、一緒に帰りましょう」
これはいい雰囲気だ。絶対に誰にも邪魔はさせへん。そこに間の悪い宇部が。
「なあ南雲、今日一緒に——」
「にゃっ!」
何か言いたそうな宇部の顔面に飛びついて、台詞を封じる。
宇部よ、状況をよく見ろ。そして気付け。
俺が離れると、宇部は「あっ」という顔をした。
「今日一緒になんですか?」
「あ、いや、今日は名倉と一緒に帰るんだなぁって」
「宇部くんもご一緒にいかがです?」
「いや、俺は用があるから、じゃあな!」
よし。宇部、お前は賢いぞ。だが、太一郎が賢くなかった。
「あ、すみません。忘れ物をしてきました。ちょっと取って来るのでここで待っててください」
俺を頭の上から降ろして名倉に預けると、太一郎は階段を駆け上がった。
「ゆっくり行きな! あーあー、あんなに急いで。ここで落ちたの、もう忘れたのかねぇ」
「にゃ」
名倉は俺を胸元に抱っこすると、妙に優しい声を出しよった。
「ねえ、イヌ」
「にゃ?」
「あたしさぁ、
「にゃにゃにゃ?」
許嫁だと? それは婚約者って事ちゃうか!
「でも相手の顔も見ないうちに死んじまってさ。太一郎だったらどんなに良かったか」
なんやて? お前それ太一郎に言え! マジで! 戻って来たら言え!
「太一郎ってさ、自己肯定感低い割に、やることきちんとできるじゃないか。そういうの、カッコイイと思わないかい?」
「にゃっ」
「でもさ、そういうのは言わぬが花の吉野山だしさ。」
いや、言えよ!
「すみません、お待たせしました!」
上から太一郎が走って来た。
が!
「うわああああああ!」
その瞬間、俺は見たんだ。太一が足を滑らせ、カバンを放り投げ、俺を抱いたままの名倉に向かって真っすぐ落ちてくるのを。
(了)
ヒョイラレ! 如月芳美 @kisaragi_yoshimi
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