第三十四話 チャンバラは?

 芝居の前半は滞りなく過ぎた。つーかな、あれで滞る方がおかしいで?

 俺は順調にサブマシンガンを抱えたトレンチコートのシラタマに拉致され、みんなが鬼になるために村人の衣装を脱ぎ散らかしたのを、舞台袖でちゃんとまとめといた。

 鬼ヶ島へ行くと言い出した桃太郎がノッポの黒人だったり、家来になる犬と猿と雉がみんな外国人だったりして客席の盛り上がりは上々だ。

 たまに親父の「おっと、雉も黒人さんです」なんてのが聞こえてくるけど、そこは気にしたらアカン。

 ここまで来たら、あとは彼らのチャンバラがどこまで見せられるかだ。

「ヤアヤア我こそはモモタロウなり! いざ、尋常に勝負!」

 鬼に扮したみんなが講堂の後ろの入り口からワーッと入って来ると、客席が一斉にどよめいてキョロキョロと周りを見回す。

「うおおお」「ぎゃああ」「うわぁ」

 今日は丹矢部も頑張ってるみたいや。こうしてみると、ジェイコブとゾーイの剣は本物っぽく見えるな。さすがシラタマや。

 と、その時。講堂の後ろの方から悲鳴が聞こえたのだ。

「動くな!」

『一年一組、全員ストップ!』

 名倉の切迫した声にチャンバラがピタリと止まった。

「いいか、お前ら動くんじゃねえぞ」

 声の方に振り返ると、一年生の女子生徒を後ろから押さえつけ、首にナイフを突きつけた男がいる。彼女は半べそをかきながら助けを求めている。

 なんてこった、よりによって一番の見せ場でコンビニ強盗が紛れ込んだんや。しかも二人おるやん。迂闊に動かれへん。つっても俺は猫やけど。

 勇敢にも女性の体育教師が説得を始めた。話の通じる奴ならええんやが。

 しばらく押し問答が続き、先生の声と女子生徒のすすり泣きだけが響く中、その緊迫した空気をぶち壊す声が聞こえた。

「先ほど言っていたコンビニ強盗の犯人が、なんとこの講堂に入って来ました。なんという偶然でしょうか。せっかくですのでこのまま生配信を続けます。えー、写ってますかね、ちょっとアップにしてみます。これが犯人ですね。顔フィルターがかかってますのではっきりとは映りませんが、女の子を人質に取っています。まあ中学生と言えど男の子は力がありますからね、ここは女の子にしたのは正解ですね」

「うるせえ、撮ってんじゃねえ!」

 ほーら、言わんこっちゃねえ。文句言われたやん。

「大丈夫ですよー。顔フィルタかかってますから顔は写りませんよー。ご安心くださいねー。えー、この配信を見ている方。ここをご存知でしたら警察に通報してくださいね。近所の方も大勢いると思うんでね、わかりますね」

「黙れって言ってんだろ、撮るんじゃねえよ!」

 しかし、親父が黙っていてもコイツが黙っとるわけがない。

『ちょいと、そこの兄さん。さっきから黙って聞いてりゃ調子に乗りすぎじゃないかい。いいかい、この芝居は日本橋南雲屋吉右衛門が三代目、太一郎がその名を賭けて剣の動きをつけたんだ。それをぶち壊しておいて「黙れ」だの「撮るな」だの、いい気になるんじゃないよ!』

「誰だ!」

 あー、ヤバイ。聞かれたら答えるんだ、こいつは……。

 と思う間もなく、名倉がステージ上のど真ん中に現れて声を張った。

「問われて名乗るもおこがましいが、知らざあ言って聞かせやしょう。名倉一座、座長の小梅太夫たぁ、あたしのことよ!」

「よっ、小梅太夫、日本一!」

 ってなんで太一郎が合いの手入れてんだよ……。

 だが、なんだか周りの観客が盛り上がって来た。拍手してるのもいる。

「太一郎の舞台を邪魔しておいて知らん顔たぁ、閻魔様が許してもこの小梅太夫が許さねえ。さあ、一年一組のみんな、こいつら畳んじまいな!」

 言うが早いか、人質を取っている男にペネロペが折り紙手裏剣を立て続けにお見舞いする。相手が一瞬ひるんだ隙に女の子が逃げ出し、葛城がサッと彼女を保護する。

 それからは気の毒と言うかなんと言うか。ゾーイが流れるような剣捌きで胴やら脚やらを攻めている間に、リアムがもう一人を正拳突きの一発でKOにして加勢に来る。そもそもおもちゃの刀だってプラスチックでできてるんだ、本気で殴られりゃ痛いに決まってる。ゾーイに刀で殴られたところに、ペネロペの飛び蹴りが来るんや、たまらんわな。

 僅か十五秒で制圧してしまったところにジェイコブがやって来て高らかに宣言した。

「鬼ヶ島はワレワレが制圧した。ダイジな招き猫、返して貰おうか!」

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