第三十三話 猫も緊張すんねん

 講堂に来てからは、緞帳どんちょうの裏側に集まってみんなで準備運動をしとった。いきなりチャンバラやったら怪我するかもしれんしな。チャンバラ監督だった太一郎と名倉はチャンバラには参加していないので、太一郎は黒子、名倉はナレーターや。

 みんなは鬼の衣装(赤青黄のTシャツに体操服のハーフパンツ)の上に浴衣や作務衣を着て村人役をやり、鬼になる時はそれをさっと脱いで頭に角カチューシャをつける。昨日の通し稽古では上手く行ってたようやが、本番でもスムーズにいくように俺も裏で手伝うことになっとる。みんなが脱ぎ散らかした衣装を集めるのは俺の仕事や。まさに「猫の手も借りたい」ってやつやな。

 放送委員が緞帳の上げ下ろしやナレーターのマイク操作を手伝うてくれるらしい。ありがたいこっちゃ。

「ユウヤ、どれくらい集まってる?」

「そうだな、五十人てとこかな」

 既に名倉はユウヤまで呼び捨てになっとる。

「二百人分の椅子、準備してあるんだけどねぇ。まったく嫌じゃ有馬の水天宮さ」

 ところが、行動の入り口が俄かに騒がしくなってきた。と思ったら……親父!

「こちらが講堂ですね。うちのイヌ……あ、猫の名前ですからね、イヌが出るというお芝居がこちらで上演されるということですので来てみましたが、まだお客さんが少ないようですね。せっかくなので一番前のど真ん中に座ってみようと思います」

 親父が大勢の観客を連れて来た! 周りで「サバトラさんの生配信だ」とか「顔も映るの?」とか言ってる連中がいて、親父はいちいちご丁寧に「顔認識してフィルターをかけるアプリが入ってますから大丈夫ですよ。でも声はそのまま入りますからね」とか説明しとる。親父だけで百人くらい連れて来たんちゃうか?

「十分前」

 親切に放送委員がカウントダウンしてくれる。随分講堂の中がざわついて来た。

「ちょっと椅子準備して来ます」

「え?」

「凄い入って来たんで、二百じゃ足りなさそう」

 放送委員が出て行くのを見て、黒子の太一郎が「手伝います」と走って行った。

 他のクラスみたいに一日中やっとるわけちゃうくて、午前と午後に一回ずつしかやらんからみんな来てくれたんかもしれん。もしかしたらコンビニ強盗のせいで午後から中止なんちゅーこともあり得るからな。

「だいぶ観客が入って来たようです。早めに来てこの席が取れたのはラッキーでした」

 たまーに親父の声が聞こえてくる。要らん事言いなや?

「演目は『ももたろう』だそうですね。わざわざ文化祭でやるくらいですから、皆さんよくご存じの桃太郎とは一風変わったものになるんでしょうね。まあうちの猫が出演するくらいですからね、普通じゃないでしょうね。ちょっと楽しみです」

 芝居始まったら黙っとってくれよ。マジで。

「三分前」

 放送委員の声がステージ袖に届いた。

「みんな、最初の位置につくよ」

 名倉の一声で全員が自分の持ち場につく。俺は祀られてる招き猫だから鳥居の中の座布団の上に座って片手を上げている。どっから見ても招き猫や。

『間もなく一年一組の『ももたろう』が始まります。携帯電話をマナーモードにしてください』

「じゃあ、あたしはナレーションに入るから、あとはみんな頑張ってね!」

 それだけ言って、名倉はマイク室に入ってしまった。さあ、もう頼れるヤツはいない。何かあったら監督の宇部がどうにかするだろう。やべえ、緊張してきた。

 と思っている間に緞帳が静かに上がって行った。始まってもーた。

『むかーしむかし、あるところにとても栄えた商人の町がありました』

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