第30話喜べないお父様との夕食

 セインはフォークでブスリとお肉を刺して、


「だって草だよ草!? あんっっっなぴらぴらで苦いのが美味しいはずがないのにさ!? どーしてこの肉と一緒だとシャキシャキっとみずみずしいーとか思っちゃうの!? なんかちょっと甘い気もしちゃうしさ!?」


「そうなのよ。キャベツって甘味もあるわよね。せっかっくセインがキャベツの美味しさに気が付いてくれたのだもの。近々ロールキャベツを作ってみようかしら」


「やめて……オヒメサマ……僕の舌を調教しないで……」


 げんなりしたようにしながらも、お肉を咀嚼したセインは私に言われる間でもなくキャベツを口に含む。


(この様子だと、おかわりが必要そうね)


 そろそろ火蜥蜴たちも終盤かしらと様子を見に、立ち上がったその時。


「――フレデリカ様! よかった、やはりこちらにいらしたのですね」


「シドルス?」


 現れた彼は「やあ、これはまた不思議な香りながら食欲をそそりますね!」と厨房を見渡してからセインに気が付いたようで、


「ここまで堂々とつまみ食いを出来るとは、もはや尊敬に値しますね」


「は? つまみ食いじゃなくって一番に食ってるだけなンだけど? 羨ましいンならそー言えば?」


「そうでしたフレデリカ様、急ぎお伝えしようと来たのですが」


「オイ! 無視すンなし!」


 シドルスは真面目な表情で私をまっすぐに見下ろしたまま、


「レスター様からご伝言です。本日の夕食は、ご一緒にと」


「……なんですって?」



***



「大丈夫ですか? フレデリカ様」


 食堂へと続く廊下で問いかけるナーラに、肩を跳ね上げた私の声が「なっ、なにが!?」と上ずる。

 ナーラの手によって、私の姿は急ぎドレスアップ済み。

 特に変な点もないと思うけれど……ときょろきょろした私に、ナーラはますます眉根を寄せ、


「いつもよりも緊張なさっているようでしたので……。ご体調が優れないのでしたら、ご会食はまた後日にされたほうが……」


「あ……平気よ。身体はなんともないわ」


 にこりと笑んでみせるも、やはり気持ちに負けてストンと頬が落ちてしまう。

 というのも、以前のレスターからの呼び出し以降、なんとなくレスターのことを避けてしまっているから。


 ううん、元々関わりなんてほとんどないし、"避けている"といえるほど変化があったわけではないのだけれど。

 こう、気持ちの問題というか。とにかく、二人での食事を歓迎できない程度には気が重い。


(レスターから食事に誘ってくるだなんて、初めてなのに)


 本当ならば、気にかけてくれた嬉しさに喜ぶべきなのだろうけれど。

 今の私はどうにも、わざわざ夕食に呼び立てて何を言われるのだろうかと、不安のほうが強い。


(錬金魔法の訓練についてはセインが許可を取ってくれているみたいだし、アーヴィンと一緒にラフィーネの所に通っているのも、シドルスから伝わっているはず)


 ならば残るは、料理のことかしら。

 いいえ、そもそも。ただ気が向いただけで、特に話などないのかもしれない。

 だってレスターはこの間も、怒るでも呆れるでもなく、"お前の好きにしたらいい"って――。


 辿り着いた食堂の扉が、ひどくそびえ立って見える。

 以前の緊張とは、また違った重々しさ。


「……開いてちょうだい、ナーラ」


 食堂では前回と同様に、すでにレスターが席についていた。

 私はにこりと無理やり笑みを作って、


「お誘いいただきありがとうございます、お父様」


「……ああ」


 歩を進めて、レスターの向かいに座る。

 すると、待ってましたといわんばかりに、スープとパンが運ばれてきた。

 さすがは魔王城の料理人たち、私が着替えのために抜けた後でもしっかり用意してくれたみたい。


(せっかく生姜焼きが作れたんだから、次は味噌を錬成して味噌汁にしたいな)


 あとやっぱりお米が欲しいところだけれど、この世界にお米ってあるのかな。

 そんなことをぼんやりと考えながらパンをちぎり、トマトスープと共に咀嚼していると、さっそくとばかりに生姜焼きが運ばれてくる。


 うっすら焼き色のついた狐色のお肉からは、焼き立てを示す白い湯気。

 薄緑色のキャベツに沁み込んだタレがまた食欲をそそるし、小皿にはちょこんとマヨネーズが。


(伝え忘れてしまっていたのに……セインおかげね)


 盛り付けたお皿の横で「絶対必要だから!」と豪語するセインの姿が浮かび、ふふ、と笑みが零れる。


「……これは」


 レスターの声にはっと顔を上げると、


「また、妙なものを作ったな」


「!」


(レスター、私が料理してるって知ってたんだ)


 ううん、魔王城の、ましてやレスターの口に入るものなのだから、知らないはずがないとは思ってたけれど。

 それでもこれまで何ひとつ――良いも悪いも言われたことがなかったから、もしかしたら、知らないのかもだなんて。


(これも……"好きにしたらいい"からだったのかな)


 好きにしたらいい。それはつまり、私が何をしようと関与しないということ。

 良いも悪いもなく、つまるところは――興味がないと同義。


「……食べないのか?」


 言われて思い出す。そういえば、レスターは私と食事をした時は、必ず私が食べてから口にしていた。

 そんなはずはないと信じたい気持ちも強いのに、モヤモヤと重苦しい不快感がうずまく今は、どうにも悪い方へと考えてしまう。

 料理を担う私を疑い、毒味をさせているんじゃないかと。


「いただきますわ」


 投げやり気味にフォークを肉に突き立てる。

 もやもやとイライラを飲み込むようにして、口内の肉を咀嚼しゴクリと飲み込んだ。


 せっかく美味しく作ってもらったのに、勿体ない食べ方。

 思うけれど、どうにも感情がコントロールできない。

 すくったマヨネーズをお肉に落とし、今度はキャベツと一緒に口内へ。


 とにかく、早く食べて終えてしまおう。

 意識も出来るだけ、料理の味に集中して――。


「……なんだ」


 どこか意外そうなレスターの声が、追い打ちをかける。


「今日は美味しそうには食べないんだな」


「っ!!」

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悪女な魔王の娘に転生したのでひとまずご飯を作ります~討伐フラグを回避したいだけで国を乗っ取る気はありません~ 千早 朔 @saku_chihaya

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