第29話生姜焼きにマヨネーズはいかがですか?

「フレデリカ様! 肉に玉ねぎ入りました!」


「はーい! それじゃ、お待ちかねのタレの番ね」


 ボウルからお玉でタレをすくって、焼き色のついた豚肉としんなり透明になったたまねぎの入るフライパンに注ぎ入れる。

 途端、ジュワ! と広がる芳醇な香り。

 沸々と小さな泡が弾けるたびに、火蜥蜴たちの目が輝く。


「こ、これは! はじめて嗅ぐ匂いがします! 香ばしくて、奥深い塩気の中にも甘さが漂うような……なんて腹に効く香りなんだ……!」


「ふふ、食べるのが楽しみね。このソースの水分が半分くらいになるまで、煮詰めてくれる? もちろん、お肉にもたまねぎにもたっぷりと吸わせるようにしてほしいの」


 ソースを加えたフライパンを担当する火蜥蜴たちが、次々と「お任せください!」と気合たっぷりにフライパンと向き合う。

 焼き加減を見ながら程よく煮詰めて、完成したらキャベツの乗るお皿の上へ。

 とろりと滑りおちた熱々湯気の生姜焼きに、その場の複数の喉がゴクリと鳴る。


「さ、さあ、次々焼くぞ!」


「はい! 急ぎましょう!」


 ここでさっと切り替えが出来るあたり、この子たちは本当に責任感が強い。

 安心して任せられるなあ、なんて適宜指示を交わしながら見守っていると、


「この匂い、さっそくあの真っ黒い調味料使ったかんじ? 早く食べたいンだけど、出来上がってるやつないの?」


「セイン!」


 無遠慮に開かれた扉から現れたセインが、「あ、あるじゃーん」と大股で盛り付けされたお皿へと向かう。

 と、不思議そうに首を傾げながら私を見遣って、


「黒くないじゃん? 失敗?」


「あの調味料は確かに黒いけれど、食材を真っ黒にするわけではないの。これで成功よ」


「ふうん? って、ちょっとオヒメサマ。なんなのこの草の量! ヤギの餌でも間違えて乗せた?」


「いいえ。これがね、この"生姜焼き"にはとっても合うの!」


「ええー、僕いらなあーい」


「そう言わずに、とにかく食べてみて」


 サミルの許可をもらって、セインに完成した一皿を渡す。

 その間にナーラが椅子とフォークを用意してくれていて、私達は揃って端の調理台横に腰を下ろした。


「さて、僕をがっかりさせないでよ?」


 セインはどこか鼻歌をうたうようにして、お肉にフォークを突き刺した。

 あー、と開いた口内へ放り込むと、数度もごもごと噛みしめ、


「え、ちょっ、なにこの味……っ!」


 白い頬が興奮に上気する。


「しょっぱいのにあまーい! しかもこれ、生姜? ピリッとした香りがいい感じにお肉と合うンですけど!」


 すかさずはぐりともう一枚を食んだセイン。


「濃厚なんだけどー、重すぎないっていうかあ……深みがあるっていうの? オヒメサマが作る料理はどれも新しい味がするけど、これはその中でもまた飛びぬけた不思議さっていうか……うん。マヨネーズ料理じゃないのがちょっと残念だけど、これはこれで合格で――」


「ね、セイン」


 私はにやりと口角を上げ、意味ありげに囁く。


「マヨネーズ料理じゃないって、誰が言ったの?」


 刹那、セインははっとしたように私を見て、


「嘘でしょ? だって、この料理のどこからもマヨネーズの味なんて……っ」


「マヨネーズをね、かけてみて。それからお肉に絡まるソースにちょっと溶かすようにして、軽く混ぜるの」


「なん、だって……っ!」


 タイミングを見計らったようにして、ナーラが小皿に取り分けたマヨネーズを恭しくセインの前に置いた。

 ごくりとセインの喉が鳴る。


 彼は震える手で小皿を手に取ると生姜焼きに落とし入れ、さっと軽く混ぜて口へと運んだ。

 途端、ガタリと勢いよく立ち上がったかと思うと、私の両肩をガシリと掴んで、


「てんっっっさい!!!!!!!! オヒメサマ!! お願いだからあと千年僕のご飯作って!!!!!!」


「気に入ってもらえて良かったけれど、それはちょっと難しいわね。私はエルフではないもの」


「なんっでエルフじゃないの!!!??? あ! 確か人間って生まれ変わったりするんだっけ? ならそれでも許すから!!」


「生まれ変わったとしても、また人間になるかは分からなかったんじゃなかったかしら。次は虫かもしれないし」


「は!? なら次はエルフじゃないと許さないケド!?」


 セインの理不尽さは相変わらずだけれど、こうした好意的な類は素直に嬉しい。

 私は「あ、そうだ」とセインの手をとって、


「そんなに私の料理を好いてくれたのなら、騙されたと思ってお肉を食べてからすぐにキャベツも食べてみて? 本当に美味しいのよ」


「この草、キャベツだったんだ。……僕、草は好きじゃないンだけど」


 嫌々としながらも着席したセインは、じとりとした目で私を見上げると。


「ホントに騙してたら、この肉あと五回おかわりだかンね」


「ええ、わかったわ」


 私が頷いたのを確認して、セインが意を決したようにフォークを構える。

 まずは生姜焼きをたっぷりと。それからキャベツを掬い取って、目をつぶりながらえいやと口に含む。


 もぐもぐもぐ。

 無言で咀嚼するセインに、不安が増した私は「セ、セイン? ダメ……だったかしら?」とその顔を覗き込もうとすると、


「……しい」


「え?」


「美味しくて、悔しい!!」

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