第28話錬成した醤油で生姜焼きを作りましょう!
「――そう、そのまま集中して。ボクの流した魔力に重ねる感じで……」
重ねた掌から伝わるセインの魔力に導かれるようにして、目を閉じた私は手をかざした先の物質の変化を丁寧に思い浮かべる。
錬金魔法の初歩の初歩から指導をうけてきて、身を持って痛感した。
魔法を使うのは想像以上に繊細で、気力と体力を消耗する。
特に、複雑な錬成を行おうとすればするほどそれは顕著で。
これまで特別な訓練も受けたことのない子供の私では、ひとりで目的のモノを錬成するのは、不可能に近かった。
だからこうして、セインにも手伝ってもらうことになったのだけれど。
(助かったわ。セインは嫌がるだろうと思ったから)
なんというか、アーヴィンに連れだされたあの日以降、なんだか優しくなったというか、よく面倒を見てくれるようになった気がする。
マヨネーズ料理を要求されるのは変わらないけれど、以前の彼ならばこうして丁寧に錬金魔法の手助けなんてしてくれなかったはずだもの。
(打ち解けてこれたみたいで嬉しいな)
「あともうちょい――うん、いいンじゃない?」
閉じた瞼越しに光が消えたのを悟って、そっと目を開く。
おそるおそる確認した瓶の中には、黒い液体が。
(う、うまくいった!?)
匂いは確かに覚えのある、あの香り。
ドキドキと跳ねる心臓に急かされるようにして、スプーンに垂らし、口に含む。
「ん……! やったわセイン! ちゃんと"醤油"になっているわ……!」
嬉しさのあまりその手を掴んでぶんぶんと上下する私に、セインは「げえ」と嫌そうな顔をしながら、
「ホントに真っ黒じゃん。全然美味しくなさそーなンですケド」
***
「生姜焼きを作りましょう」
髪を束ね、エプロンを身に着けた気合いたっぷりな私の宣言に、厨房の火蜥蜴たちが「生姜焼き?」と疑問符を飛ばす。
想定通りの反応に私はにっこりと笑みながら、
「味付けには、新しく作ったこの"醤油"っていう調味料を使うの」
私が手にした醤油入りの瓶に、火蜥蜴たちがざわめく。
とはいっても、セインのようにその色に驚いているのではないようで。
「フレデリカ様が作られた新しい調味料!? 今度はいったいどんな奇跡を起こされたんだ!?」
「味の想像がまったくつかない……! でもでも、絶対美味しいし!」
「んーーーー早く食べたい……!」
(今回も多めに作ったほうが良さそうね)
歓迎ムードにほっこりと癒されながら、皆に指示して材料の下準備をはじめる。
まるまるとしたたまねぎは、皮を剥いて半分にしてから薄切りに。
豚肉も薄切りにしてもらって、たっぷりと。
厚めに切って豚ステーキのようにする生姜焼きもいいけれど、今回はたまねぎと絡めた生姜焼きを作りたいから、薄切りを選択した。
決め手になるショウガはすりおろし。汁を捨ててしまわないよう、気を付けてもらわなきゃ。
「この汁は、お肉を柔らかくするの」
小麦粉をふって柔らかくするのもいいけれど、今日はちょっと量が多いので粉っぽくならないよう、小麦粉は使わないレシピにしたい。
そこで、頼りになるのが生姜の汁とお酒!
この二つを混ぜた液をお肉に付け込んでおくと、焼き上がりも柔らかくふっくらとなる。
「私はその間に、タレを作っておかなきゃ」
ボウルに加えるのはすりおろしたショウガ、お醤油にお酒、それからお砂糖とみりん……代わりの"蜜酒"。
この蜜酒はいわゆる甘いお酒で、みりんとはちょっと違うけれど、代用品としては丁度良さそう。
(隠し味で、ちょっとだけにんにくも入れちゃおうかな)
魔王城の皆はお肉が大好きだし、きっと好みのはず。
「ナーラ、手伝ってもらってもいい?」
「もちろんです。フレデリカ様」
お肉の量が量なので、タレもボウルに並々とするほどに準備しておく。
だってここでケチケチして味が薄くなってしまったら、絶対に後悔するもの……!
ナーラにボウルをおさえてもらって、分量を見ながらぐるぐるとタレをかき混ぜて。
やっとのことで、大変な忘れ物に気が付いた。
「あ、いけない私ったら。キャベツを忘れていたわ」
生姜焼きといえば、やっぱりキャベツの千切りを添えたいもの。
急いで千切りの方法を教えて、これでもか! というほどに切っておいてもらう。
「おもしろいですね。あのように丸く硬いキャベツの葉がこのように細く切ると、ふんわりするなんて」
キャベツの千切りを興味深そうに観察したサミルが、私に顔を向けてにこりと笑む。
「フレデリカ様、こちらの生姜焼きの準備は整いました」
「ありがとうサミル。それじゃあ、焼いていきましょうか」
コンロにずらりと並んだ焼き担当の火蜥蜴たちは、ソワソワとこちらを伺いながら、今か今かと待ち構えている。
私はちょっと噴き出しながら、
「今回は大量に作るためにも、皆の連携が必要よ。頑張りましょう」
おー! とやる気満々に腕を掲げてくれた火蜥蜴たちを、お肉担当とたまねぎ担当、そして盛り付け担当に振り分ける。
「お肉はフライパンに重ならないように並べてね。焼き色がついたらひっくり返して、また少し焼き色がついたらたまねぎ担当の子を呼んで、端をちょっと開けて炒めたたまねぎを入れてもらうの」
真剣な面持ちでふむふむと頷いた火蜥蜴たちが、それぞれのフライパンでお肉とたまねぎを焼き始める。
じゅうじゅうと食欲をそそる音に、香ばしいお肉の匂い!
そこにキリっとした玉ねぎの香りが加わって、すでに空気が美味しく感じる!
「盛り付け担当の子は、お皿の片面にキャベツを乗せておいてね。こう……山を作るような感じで」
私の実演に頷いた盛り付け担当の子たちが、テキパキとお皿を並べてキャベツを盛り付けはじめる。
途中から小皿になっているのは、自分達用なのだろう。
(はじめから一人分を作っておいたほうが、お肉の取り合いにならずに済むモノね)
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