第27話お父様が心配してくれました?

 ――"フレデリカ"も、知っていたのかしら。


 小説の、勇者パーティーの前に現れたフレデリカは、一人だった。

 教えてくれる相手もいなくて、知らないまま一人で"黒翼の森"を歩いていたの?


 それとも。

 四天王のひとりとして認められるまでに強力な魔力を身に着けたのは、レスターの為だけじゃなくて、魔王城以外も出歩ける自由を手に入れる為でもあったり――?


「フレデリカさまあああああ!!」


「!?」


 咆哮のような声と共にどたどたと駆け寄ってくるのは、城で働く火蜥蜴たち。

 その勢いにわあ、なんて圧倒されているうちに囲まれ、


「おかえりなさいませ、フレデリカ様。ご無事でなによりです」


 恭しく頭を下げるサミルに、私ははっとして、


「ごめんなさい、サミル。厨房は大丈夫だった? アーヴィンがめちゃくちゃにしていったでしょう?」


「こちらは問題ありません。それに、謝るのは俺のほうです。フレデリカ様をああも簡単に連れ出されてしまうなんて……っ」


「アーヴィンが突然飛び立ってしまったのだもの。サミルのせいではないわ」


「いえ、それでもっ」


「――フレデリカ様!」


 突然、正面からぎゅうと抱きしめられた。

 ナーラだ。私が「ナーラ」と名を呼ぶと、彼女の顔が離れる。


「お怪我はありませんか、フレデリカ様……っ! 私がお側を離れていましたばっかりに、危険な目にあわせてしまい申し訳ありません」


「ナーラは私のために、お洋服の整理をしてくれていたんじゃない。ナーラが謝ることなんて何もないわ。それに、危険なことなんて何もなかったから、安心して」


「フレデリカ様……」


 泣き出しそうな顔を見上げてにっこりと微笑むと、ナーラは少し赤くなった目尻を隠すようにして顔を伏せ私の片手を握り、


「本当に、無事にお戻りくださり、安堵いたしました。今後は本日の失敗を胸に、フレデリカ様のお側を決して離れず、必ずお守りいたします」


「そんな、大袈裟よナーラ。アーヴィンも次からは気を付けてくれるって言っているし、これまで通りで問題ないわ」


「いえ、いけません。最優先すべきはフレデリカ様のご安全ですから」


「そうですよ、フレデリカ様」


 サミルがナーラに同調するようにして、


「レスター様も、大変心配しておられました」


「お父様が……? ほ、本当に?」


「はい。セイン様とシドルス様の報告をうけ、フェンリルを招集したのはレスター様です。執務室にてお帰りを心待ちにしているはずですので、無事のご帰宅をお伝えに行かれてはどうでしょう」


(レスターが"フレデリカ"のために動いてくれるなんて……!)


「ありがとう、サミル! お父様のところに行ってみるわ」



***



(って、嬉しくて本当に来ちゃったけれど、よくよく考えたら怒られる可能性のほうが高いよね?)


 不可抗力だったとはいえ、無断で勝手に飛び出していっちゃったわけだし。

 セインとシドルスはアーヴィンに大切な話があるからと、まだ城の外。


 ナーラを伴って訪れた、執務室の重厚な扉前。

 今更気が付いた可能性に尻込みしてしまったけれど、ここで逃げては何も変わらないと腹をくくって扉を叩く。


「お父様、フレデリカです。お邪魔してもよろしいでしょうか」


 すると、ガチャリと音がして扉が開かれた。

 まさかもまさか、レスターが自ら開けてくれたよう。


「あ……お父様」


 驚きのあまり硬直する私をじっと見据えたレスターは、「入れ」と視線で室内を示す。

 礼を告げつつも緊張に身を強張らせながら入室すると、執務机には積まれた大量の書類。


(シドルスの時もそうだったけれど、魔王軍って思ってたより書類仕事多いんだ)


「座るなら、そこだ」


「……失礼いたします」


 若干の躊躇をはさみつつもソファーに腰かけるやいなや、レスターは自身の執務机にある椅子に腰かけ、


「身体は」


「はい?」


「アーヴィンが"星食い池の魔女"の元へ連れ出したと聞いた。慣れていない人間に、フェンリルの背は辛いはずだ」


(本当に私を心配して……?)


 期待に心が浮つくのを感じながら、


「ちょっと体調が悪くなってしまいましたが、ラフィーネに手助けしていただきすっかり良くなりましたわ。帰りはアーヴィンが気を付けてくれたので、不調なところはありません。ご心配ありがとうございます、お父様」


「……そうか」


 レスターはその一言だけで、再び黙ってしまった。

 けれども私をじっと見据える視線は、一度も離れない。


(こ、これは、無言の圧というやつ……っ!)


「あの、お父様!」


 私は「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、


「勝手に城を出てしまったばかりか、お忙しいというのにお手を煩わせてしまって。……迎えのフェンリルを呼んでくださったのは、お父様だと聞きました」


「……別に、構わない。お前はお前の、好きなところに行けばいい」


「……え?」


 私が信じられない心地で顔を上げると、レスターは表情一つかえないまま、


「城から出るなと命じた覚えはない。お前の好きにしたらいい。だが、そう何度もフェンリルを呼び出すことはできない。彼らには彼らの仕事がある。……知りたいことがあれば、シドルスに聞くといい。魔界のことも、人間のことも」


(あ、あれ? なんか……)


 レスターの顔も、雰囲気も。どんなに注意深く見ても、怒っている様子はない。

 本来ならば、よかったと胸を下すべきなのだろうけれど、なんか……。


(ちょっと、モヤモヤするっていうか)


「……わかりましたわ、お父様」


 なんとか笑顔を作って頷くと、レスターはやっぱり数秒の間を挟んでから、


「話は以上だ。戻るといい」


 どこかぼんやりとした心地のまま礼を告げ、大人しく部屋を後にする。

 ナーラによって閉められた扉。もやもやと晴れない胸に手をあてながら、沈黙の部屋を振り返る。


(心配……してくれてたんだから、もっと、喜ばないと)


 そうだよ。だってあのレスターが、身体は大丈夫かって気遣ってくれたのだもの。

 私を嫌っていたのなら、そんな言葉かけてくれないはず。

 ……だけど。


「あ……ラフィーネのところに通うっていうの、相談するの忘れちゃった」


 でも、レスターは外出を禁じたことはないって。

 好きにしたらいいって言っていたのだから、別に、許可をとらずともいいような。


(なんだろう……。どうして、いっそ、怒られたほうが良かったなんて――)


「フレデリカ様?」


 心配げなナーラに、私ははっと笑みを作り、


「沢山のことがいっぺんに起きて、ちょっと疲れてしまったみたい。部屋に戻って、紅茶を淹れてもらってもいいかしら」

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