第26話お迎えと私の"家"

「命を救われた恩義で"娘"になんてなってやる必要はないよ。それはそれ、これはこれだ。お前さんの人生は、お前さんの人生。無理してせっかくの可愛い笑顔が枯れちまったら、アタシは悲しいよ」


「ラフィーネ……」


「フレデリカ、ここに住む? なら、ここ、ねぐらにする」


「え、えっと……」


(ど、どうしよう)


 私の目的は"レスターとフレデリカの悲劇的な最期を回避し、討伐されずに生き延びる"こと。

 そのために、"娘"としてレスターとの仲を深めようと考えていたけれど。


(もし、レスターにとって"私"といることがストレスなら、側にいない方がレスターのためだったりするのかな……)


 幼い頃の勇者カイルが"奇跡の花"を求めてここに来るのはわかっているし、ラフィーネの元でお世話になったほうが良かったり……。


「ちょっとオヒメサマ! なーにあっさり言い包められてンの!? だから"魔女"のトコなんてやめとけって言ったじゃん!!」


「フレデリカ様!! 俺のためにもどうかお考え直しください!!」


「セイン!? シドルス!?」


 バン! と勢いよく扉が開き、怒号と共になだれ込んで来た二人が私とラフィーネの間に立つ。

 物々しい形相でラフィーネを睨みつける二人にも、ラフィーネは涼しい顔で笑み、


「悪いが、デカい男二人ももてなせるスペースは我が家になくてね」


「ご心配なく。オヒメサマ連れてさっさと帰るから、もてなしなんていらないよ」


「お迎えが遅くなりまして申し訳ありません、フレデリカ様。さ、共に帰りましょう」


「ちょっと待ちな」


 ラフィーネは腕を組んで立ち上がり、


「その身をどこに置くか、決めるのはフレデリカだろう? まさかお前さんたちはフレデリカの意志とは関係なく、身勝手に連れ帰るつもりかい?」


「それは……っ」


 ぐっと息を詰めたシドルスが、当惑したように私を見る。

 何か言わなきゃ、と口を開きかけた刹那、


「は! 相変わらず"魔女"の口はよく回るね。そうやってもっともらしい言葉で惑わして翻弄する。ほーんと、ヤなやり方」


 セインは私の肩をぐいと引き寄せ、


「オヒメサマの"家"は魔王城に決まってンじゃん。ぽっと出の魔女とは違って、こっちは毎日一緒にいるんだから見てれば分かるっての。ほら、オヒメサマ」


 セインは私から一歩離れて、右手を差し出してくる。


「帰るよ」


 当然のように差し出された手と、"家"だと言い切ってくれた姿が、じんわりと心に響いて。


(あ……私、嬉しいんだ)


 魔王城にいてもいいんだって。

 私の"帰る場所"だって、当たり前に迎えに来てくれて。


「……ありがとう、セイン。シドルス」


 セインの手をとると、「フレデリカさまあ~~」と涙目のシドルスも頭を下げて手を差し出してくる。

 私はくすりと零しながら、その手も取った。


 右手をシドルス、左手をセインと繋いだなんとも子供らしい体制のまま、私はラフィーネを見遣り、


「"家"に帰るわ。心配してくれてありがとう、ラフィーネ」


「……気が変わったらいつでも言いな。家出先でも大歓迎だよ」


「ふふ、心強いわ」


「は? 家出なんてさせるワケないじゃん。てゆーか、もう来させないし」


「あ、それは駄目よセイン。三日に一度通うことになったから」


「はあ!? なんで!?」


「ちょっと作りたい薬があって……」


「フレデリカ様! 薬ならば依頼さえすれば手に入ります! わざわざ自らお作りにならずとも……っ」


「フレデリカ、魔王城戻る? また美味しいの、欲しい」


「アーヴィン! だいだい元はといえばお前が勝手するから面倒なコトになってンだけど!?」


「お願いですから、ことフレデリカ様に関しては慎重な行動をですね」


「あーもう、話は帰ってからしましょ!」


 ぐいぐいと手を引いて、ラフィーネの家から踏み出した私は振り返り、


「また来るわね、ラフィーネ」


「ああ、楽しみに待っているよ」



***



 それぞれ別のフェンリルの背に乗って来たセインとシドルスが、私をどちらに乗せ共に帰るかを揉めに揉め。


「はい、フレデリカ。次は、ゆっくり行く」


 そう言って伏せたアーヴィンの一言によって、私は来た時と同じくひとりアーヴィンの背に乗せてもらい、魔王城へと戻った。


 なんでも"星食い池の魔女"の家周辺は目くらましの魔法が施されていて、魔族でも簡単に辿り着ける場所ではないらしい。


 けれどもフェンリルだけは例外で、迷うことなく魔女の家に辿り着けるという。

 そのために二人は私がアーヴィンに連れ出された後、他のフェンリル達に収集をかけていたために遅くなったのだと。


「だからラフィーネは、アーヴィンに乗って通って来なさいと言っていたのね」


 私が降りやすいようにと伏せてくれたアーヴィンが、「それもある、けど」と鼻先をもごもごと動かしながら、


「フレデリカ、身体は人間でしょ? "一番強いフェンリル"の背に乗っていれば、他の魔族はほとんど襲ってこない」


(そっか、アーヴィンも四天王のひとりだもんね)


「そーゆうこと! 魔王城の外は魔物ばっかなンだから、家出なんて阿呆な真似考えないでよ。オヒメサマなんて、一人で三歩あるけば一口でパクっとされてお終いってね」


 小馬鹿にしたように鼻を鳴らすセインに、「……やっぱり、魔族は人間を食べるの?」と尋ねると、セインは「んあ!?」と慌てたような声を上げた。

 と、シドルスが言葉を引き継ぐようにして、


「人間を主な食糧源としている魔族はいないはずです。現に長いこと魔族と人間は、"黒翼の森"を境界として住み分けていますから。ただ、やはり魔族と人間は異なりますので。異物としていたずらに弄ぶ者もいるでしょうし、"肉"として食す存在も否定はできません」


「そう、よね……」


「でっ、でもでも!」


 セインがにゅっと私とシドルスの間に割り込み、


「オヒメサマには"魔王"の魔力が混じっているから、そうそう手出ししてくる馬鹿なンていないでしょ! ともかく魔王城にいれば絶対に安全だから。なんてったって、有能で圧倒的魔力を持つボクがいるし!」


「魔王城はレスター様の魔力が一番に強い場所ですし、俺もこう見えて腕が立つんです。火蜥蜴たちはレスター様の忠実な配下として、有事には必ずフレデリカ様をお守りします。ですのでフレデリカ様は、心配せずにこれまで通りお過ごしください」


(……つまり、ひとりで魔王城を離れることは難しいってことなのね)

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