第25話魔女の提案と薔薇の砂糖漬け
「なら、花はどこに……」
「ある。よく、見て」
「へ?」
鼻先で促すアーヴィンに戸惑いながらも、じっと目をこらしてみる。
たしかこの辺りに咲いていたはず、と手を伸ばすと、"何もないところ"に確かな感触が。
「まさか」
確かめるようにして手を動かす。
いち、に、さん、し、ご。
間違いない。これ、"奇跡の花"だ……!
「あったでしょ?」
アーヴィンが首を下げて、ふうと私の手元を吹いた。
次の瞬間、ゆっくりと現れる白い花々。
「水に塗れると、透明になる。雨の日とか、花が全部なくちゃっうから、"星食い池"」
(ろ、ロマンティック~~~~!!!!)
小説ではこんな特性の記述なんてなかったはず!
素敵ー! ファンタジー! なんてワクワクしながら、池の水を手ですくって花にかけてみる。
「わあ、本当に消えたわ……!」
そうして遊んでいると、「フレデリカー!」と呼ぶ声が。
立ち上がると小屋の入り口で、ラフィーネが手を振っている。
「あ、煮込み終わったみたい。戻らなきゃ。付き合ってくれてありがとう、アーヴィン」
「フレデリカ……この匂い。もしかして、あの美味しい甘いの、作った?」
並んで歩きながら耳をピンと立て、鼻をひくひくさせるアーヴィンが可愛くて思わず笑みが零れる。
「残念だけれど、スイートポテトではないの。けれどこれも甘くて、材料も似ているのよ。アーヴィンは凄いわね」
「それ、食べたい」
「なら、ラフィーネと交渉しなくちゃね。このお調理は、ラフィーネに出された試験として作っているものだから」
小屋に戻って再びエプロンを身に着けた私は、手を洗ってお鍋の蓋を開ける。
(うん、綺麗な色)
「できた?」
窓の外からアーヴィンがひょいと顔を入れてきて、私は慌てて、
「危ないわよ、アーヴィン。お鍋や火に顔を近づけるのは駄目」
「……わかった」
しぶしぶながら顔を引いたアーヴィンに、食いしん坊なんだからと嘆息をひとつ。
と、ラフィーネが「おや」とくっくっと笑い、
「随分と懐かれているもんだねえ。アーヴィンが大人しく言うことをきくなんて、珍しいもんだ」
これでいいかい、と置かれたお皿を受け取りながら、「そうなの?」と首を傾げる。
ラフィーネは「ああ」と頷いて、
「フェンリルに限らず、魔族ってのは自分の欲望に忠実な存在だからね。だからこそ、他の魔族を従えるってのは、重要な意味を持つんだ。……レスターは望んで魔王になったわけではないが、アタシ達にとっては幸運だったと思うよ。もちろん、人間側にとってもね。まあ、"勇者"だったアレ自身にとっては、この上ない不幸だろうけれど」
「……私も、お父様が不幸に耐えてくださっているからこそ、救われたひとりね」
「おっと、悪かった。そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだが……。人の感情に疎いくせにお喋りってのは、質が悪いね」
「そんなこと。なかなかお父様の話を聞ける機会もないから、こうして話してもらえるのは嬉しいわ。……お父様が助けて良かったと思えるような"娘"になりたいのだけれど、なかなか、難しくて」
煮込まれて蜂蜜色になったサツマイモとリンゴ、それからレーズンをお皿に乗せる。
「完成よ」とほくほくのそれをラフィーネに手渡すと、彼女は眉間の皺を無理やり開くようにして、
「さて、お手並み拝見といこうかね」
こっちはアーヴィンに渡してやりな、と受け取ったもう一枚のお皿にもサツマイモとリンゴを乗せて、お座りの体制で待つアーヴィンの所に持っていってあげる。
熱いから気を付けてね、と言い残して再び小屋に戻ると、フォークを手にしたラフィーネが椅子にどさりと腰を落とし、
「香りは悪くないね。さて、味のほうは……んん!?」
サツマイモを口に含んだラフィーネが、ぱちりと目を瞬かせる。
「こんなにもしっとりとしたイモは初めてだよ! リンゴは、どれどれ……んー、これもまた、柔らかな果肉からじゅわっと溢れる果汁がなんて感動的な……! イモに水分を吸われたのならこっちがパサついているのかと思いきや、違ったようだね。甘さも菓子ほどではないし、レモンを入れていたのに酸っぱくもない。心が落ち着く味だ。合間に食べる干しぶどうも柔らくて、味が引き立つし……うん」
ガタリと立ち上がったラフィーネは急ぎ足で調理場に向かい、何やらゴソゴソと戸棚を探ると、
「これはチーズとワインが合いそうだ。フレデリカは……ああ、人間の子供にワインはまだ早いのだったな。アタシ特性の薔薇の砂糖漬けをあげようか。アタシはワインや紅茶に入れるけれど、そのままでも美味しいはずだよ。焼き菓子なんかとも合うんだけれど、なかなか面倒でね」
「わあ、初めて食べるわ! いい香り。ありがとう、ラフィーネ」
受け取った薔薇の砂糖漬けを手にいそいそと座り、ありがたく口内へ。
初めて食べたけれど、優雅な香りが広がってお嬢様な気分!
「そうね……パウンドケーキのトッピングにとても合いそうだわ。それに、アイシングクッキーに合わせてもとっても美味しいだろうし……」
思わず真剣にぶつぶつと呟いていると、扉が開いて見知った鼻先が。
「フレデリカ。おかわり」
「アーヴィン、もう食べちゃったの?」
立ち上がり、くわえられていた綺麗なお皿を受け取って、おかわりを注ぐべく鍋の蓋を開けると、
「アーヴィン、おかわりはそれで終いだ。アタシの取り分がなくなる」
「ええー……もっと、食べたいなのに」
しょんぼりと耳を下げるアーヴィンにも、サツマイモをフォークで刺しながらワイン入りのグラスを傾けるラフィーネはまったく動じず。
「ここはアタシの家だよ。……三日に一度通っておいでと言ったけれど、いっそここで一緒に暮らすかい? フレデリカ」
「……え?」
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