「……うちの家族が叔父を襲っている映像、この世のものとも思えないものだったでしょう? 僕も初めて見た時の衝撃は、今でも忘れられません。でも——どんなにおぞましい光景も人は慣れるんですよね。初めの頃は本当に恐ろしくて。部屋の隅で頭を抱え、震えながら叔父に詫びていたのに、今やすっかり日常の中のルーティーンになってしまっていました」

 再びベッド脇に戻った間宮は、悲しそうに叔父を見つめた。

「そんな自分のことも、すごく叔父に申し訳なくて。——でも、やっと心を決めて、家族を説得したんです」

「説得だと?」

 思わず声を上げたイスルギに、間宮は頷いた。

「もう反応もしない叔父さんで遊んだって、つまらないでしょうって。思えば家族の影に話しかけてみたのはそれが初めてでした。今までは、とてもじゃないけど無理だった。でもイスルギさんのおかげで、姿だけでなく、あの圧倒的な恐怖も薄れていて……だからできたのだと思います」

 イスルギは息を飲む。

「家族はそれに答えたのか……?」

「はい。三つの影の気配がこっちを向いたのがわかりました。そのまま襲ってくるんじゃないかって思って、一瞬話しかけたのをものすごく後悔したんですが――そんなことはなく、影は叔父さんに覆いかぶさったままでした」

 間宮は続けた。その目はひどく暗い。

「それで僕、言ったんです。そんな壊れてしまったもの、解放してあげたらどうかと。その代わり新しい玩具おもちゃを用意するから――」

「新しい玩具……?」

「ええ。そしたら母は、もう意識を凝らさないと聞き取れないほどの、まるでノイズのような声で言ったんです。——を作れと」

 間宮はゆらりと顔を上げた。

を繋ぐですよ」

 イスルギは絶句した。

「イスルギさんが言ったんじゃないですか。人体の一部は本人の形代になり、道ができる。その道を伝って悪いものが本体のところに来ると。だがあなたは用心深く、髪の毛一本にすら神経を尖らせるほど几帳面で神経質だ。叔父の何かを持たせるなんて、とてもできないだろうと諦めていたのですが。まさかご自分から求めてくれるなんて――」

 ——叔父の記憶が道となったのだ。

 冷たい汗が、背筋を伝ってゆくのを感じた。

 これは——自分が撒いた種なのか? 欲を出し、殺人犯の記憶など欲しがったから――。

(待て。……本当にそうか?)

 イスルギが叔父に興味を持ったのは、呪物を作る過程がきっかけだった。間宮が戦没者の遺品と入れ替えた物——その正体が知りたくて、間宮について詳しく調べたのだ。その身の上も含めて。

 あの時から、叔父に興味を持つように仕向けられていたとしたら? 巧妙に人を誘導し、罠にかけるという、母のように。

 イスルギはごくりと生唾を飲み込んだ。

「……では、君の家族は今、叔父でなく私のところにいるのか?」

 間宮はふいにイスルギの頭の上あたりに視線を向けた。イスルギは思わず頭上を見上げた。続いて、身体のまわりを見回す。

「影らしきものすらまったく見えない。……また私を騙そうとしてるのか?」

ね。でも声が聞こえているなら、きっとすぐに見えるようになりますよ」

「声だと?」

「イスルギさん、この部屋に入ってすぐ、叔父がずっと喋ってると言ったでしょう」

「それがなんだ。今だって……」

 イスルギは叔父に目を向け、息を飲んだ。

 叔父はぽかりと口を開けたまま——何もしゃべっていなかったのだ。

「主治医の言うとおり、叔父は失声症なんです。事件以降、一言も喋っていません」

(では、この声は……?)

 脳の底をざわざらと撫でまわすような、耳障りなこの声は——。

「そんなに怯える必要ありませんよ」

 間宮は言った。

「はじめの叔父に行っていた頃に比べたら、もう残り香のようなものですから。ずいぶんと楽になっているはずです。でも――叔父のように一気に壊されるのと、ゆっくりと壊されてゆくのと、どっちがましなのかな」

 間宮は再びイスルギの頭上付近に視線を馳せた。

「これも神主さんの受け売りですが、は寿命も時間の観念も無く、何十年何百年と呪いは続くそうですよ。もしかしたら、早々に壊れてしまった方が楽かもしれませんね」

 大丈夫ですよ、と間宮は一変して明るい声で言った。

「叔父さんのように壊れたくないなら、僕の記憶をお客さんに売り続ければいいんです。僕だって嫌いなあなたに頼らねばならないことに思うところはありますが――僕たちは一蓮托生です。家族が完全に消え去るまで、一緒に頑張りましょうね」

 間宮はイスルギの手を取ると、いたわるように微笑んだ。

 ——自分が間宮を捕らえているつもりで、捕らえられていたのか——?

 イスルギは、現実感のともなわない眩暈を感じた。

 そこで間宮はふいに、ふふっと笑った。

「でもあなたのようなね——失礼ですが太々ふてぶてしい人があの母に苛まれると思うと……つい面白いって思ってしまう。母があなたに何をするのか、あなたがどうなってしまうのか、ちょっと楽しみなんです。僕は人を壊して喜んでいる母とは違うと思っていたけど、やっぱりあの人の血を引いているんだなあって。――それがすごく悲しい」

 間宮は呟くように言うと、目を伏せた。


(了)

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