3.到着、そして再出発

 道中で、僕たちはいろんなことをした。横断歩道の白から白へと飛んで、止まっている車の顔とにらめっこをした。

 疲れたら植え込みのふちに座って、水筒の中身を分け合った。宝物もたくさん拾って、ランドセルがまた重くなってきたときに、僕らはそこに辿り着いた。


「ここだわ。ずっとずっと、ここを目指していたんだわ!」


 その場所は真っ暗で、中央にあるキャンプファイヤーの大きなかがり火だけが、光を放っていた。燃え盛る炎のお陰で温かく、影がちらついて大勢の人がいることが分かった。

 みんな自由に踊っていて、とても賑やかだ。遠くでは、太鼓の音がリズムを刻んでいる。ここは家とは全然違う。綺麗で、静かな僕の家とは。


「うわあ……。ははっ、あはははは!」


 あたりを見渡して、思わず抑えていた声が出る。

 僕は大きな声で笑った。顔も分からない人たちが大勢集まって踊っているのが、とても可笑しかった。だってこの瞬間にも、集団投稿の子どもたちは学校に行ったり、大人たちは仕事をしたりしているのに!

 女の子も、隣で笑っている。


「素敵ね! ねえ、私たちと行きましょう」


 キャンプファイヤーの近くまで行くと、炎で照らされた女の子の顔がよく見えた。その表情は、ずいぶん柔らかくなっている。暖かい場所に来て、安心しているのかもしれない。


「お前たち、ここには来たばかりか?」


 低い声がして振り向くと、背の高い男の人が僕らをのぞき込んでいた。歳は、お父さんよりも少し若いくらいだ。透き通った大きな目をしている。


「そうだよ。歩いて来たんだ」


 僕は胸を張って得意げに言った。


「それはすごいな。たくさん歩いて疲れただろう。ここには、いつまででもいていいからね。ゆっくり休んでから出発するといい」


 お兄さんの優しい言葉に、僕らはそれぞれ頷いた。初めて会ったのに、家族みたいに暖かい人だ。


「ここにいる人は、きっとみんな仲間なのよ。だから、家族みたいに感じるの」


 女の子は、また僕の考えたことが分かったようだ。


「そっかあ」


 僕は改めて暗間を見渡した。人は大勢いるけれど、ほとんどが手ぶらだ。身軽な格好で楽しそうに踊っている。

 僕は炎の向かいに、小さなハンドバックを抱えた女の人を見つけた。じっと見ていたら、その人は荷物を火に投げ入れてしまった。


「あっ」

「どうしたの?」

「向かいの女の人、カバンを燃やしちゃった」


 女の子から、ふふっと笑い声が漏れた。


「なんだ、そんなことだったの。ここにいる人はみんな荷物を持っていないのね。私たちも、手放しちゃいましょう」


 女の子はそう言って、背中のランドセルを手前に持ってくると、力いっぱい火の中に放り投げた。

 僕もそれを真似して、精一杯腕を伸ばし、組木の上までランドセルを持ち上げ、火の中に落とした。すると、突然炎の中に映像が映った。

 映像の中には、お父さんとお母さんがいる。見覚えのある笑顔、僕が見てきた景色。スクリーンに映った映画みたいだけれど、映画よりもずっと赤くてゆらゆらしている。


「ねえ、見てみて。僕のお父さんとお母さんが映っているよ」


 僕が炎を指して女の子に言うと、女の子は首を横に振った。


「私には、大好きなおばあちゃんが見える。きっと人によって違うのね」


 そうなんだ。僕はちょっと残念だった。僕の大切な人たちを、見てほしかったんだけどな。炎の映像はずっと続いている。永遠にも感じるほど長い時間、僕は炎を見つめていた。実際にはどのくらいだったか分からない。この場所には時計なんてものはなかったし。

 映像は、僕の見てきた視界そのものだった。だから映像の中にランドセルを背負った女の子が出てきて、一緒に冒険を始めたときは、もう終わりが近いんだって分かった。

 映像は、僕たちがこの暗闇に辿り着いたところで終わっていた。


「名前がたくさんある。映画みたいに下から上に流れてくるよ」

「エンドロールね。色んな人と、出会ったんだわ」


 僕は、目当ての人物を探して、名前の一つ一つを目で追っていった。

 お母さんをはじめとして、僕が仲良くなった順番に登場する人々。すぐにそれも終わりが来て、一番最後の名前が流れる。


「「あ、あった」」


 隣を見て、女の子と目が合う。


「ふうん、素敵な名前をしているのね」

「僕も君の名前、覚えたからね」


 女の子の言葉に、負けじと言い返す。にらみ合っているのがおかしくなって、僕たちは吹き出してしまった。ここでは苛立ったり、威張ったりするのがばかみたいだ。

 僕たちはどちらともなく手を繋ぐと、連れ立ってキャンプファイヤーから離れた。ずっとここにいてもしょうがない、お互いに、そう思っているのがわかる。


「もう行くのか、もっと居てもいいんだぞ」


 さっきのお兄さんが声をかけてくるけど、後らはもう歩みを止めなかった。


「ありがとう、お兄さん。でもいいんだ。一番知りたかったことが分かったから」


 お兄さんに手を振って、僕らは出口へと向かってゆく。暗闇の奥にはトンネルがあって、そこを通ると出口のようだ。

 トンネル脇の椅子にはおじいさんが座っていて、出口に向かう人を一人一人案内している。僕らを見つけると、杖をついて立ち上がった。


「これ、手を放すんじゃ。一人ずつ行くんじゃぞ」


 ずっと握っていたことに気づいた女の子は、すぐに手を放そうとした。だけどその手を、僕は捕まえた。


「ねえ、指切りしよう。また会えますようにって」

「ばかね。指切りは約束よ。お祈りじゃないの」


 そういいながらも、女の子は小指を出してくれた。短い指で、小さく指切り。これで、もう大丈夫。僕は哀しそうな女の子に小さくさよならを言った。


「忘れ物はないかい。思い残しはないかい」


 おじいさんは僕の顔を見ると、杖をついてしゃがみ、目線を合わせてくれた。


「そんな顔をしなくとも大丈夫さ。ここでの出来事も、ずっと大事に持っておくとよい。そして新しい場所もとてもいいところじゃ。安心せい」


 僕も女の子と同じような、不安な表情をしていたのかな。


「新しい場所は、本当にいいところ?」

「そりゃもう」


 おじいさんが大きく領き、安心した僕は女の子に手を振った。


「ばいばい、またね」


 女の子がめいっぱい手を振り返すのを見て、僕はトンネルの入り口へと足を踏み出した。


 ここからまた、新しい自分。長い旅を終えたら、僕は再びこの場所に来るだろう。キャンプファイヤーの炎に、次はどんな人生を映してみせようか。

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走馬灯 レクト @lectori

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